ロマンス詐欺とは?
ロマンス詐欺とは、インターネット上で恋愛感情を装って近づき、信頼関係を構築した後に金銭を騙し取るサイバー攻撃の一種です。国際ロマンス詐欺、恋愛詐欺、デート詐欺とも呼ばれ、SNS型投資・ロマンス詐欺という形で分類されることもあります。2024年の警察庁の発表によると、日本国内でのSNS型投資・ロマンス詐欺の被害総額は1,271.9億円に達し、前年比179.4%という驚異的な増加を記録しました。これは1日あたり約3億4,752万円の被害が発生している計算となります。
詐欺師は主にFacebook、Instagram、LINE、マッチングアプリなどのSNSプラットフォームを通じて被害者に接触します。魅力的なプロフィール写真と経歴を使用し、相手に恋愛感情を抱かせた後、様々な理由をつけて金銭を要求します。特に最近では、恋愛感情と投資話を組み合わせたSNS型投資・ロマンス詐欺が急増しており、2024年の被害のうち、SNS型投資詐欺が6,413件で871.1億円、SNS型ロマンス詐欺が3,824件で400.9億円を占めています。
この詐欺の特徴は、詐欺師が時間をかけて被害者との信頼関係を構築する点にあります。数週間から数ヶ月、場合によっては1年以上にわたって毎日のようにメッセージを交換し、深い感情的な絆を作り出します。被害者の多くは40代から60代の中高年層で、男性が全体の63.1%を占めるという意外な事実もあります。従来のイメージとは異なり、高学歴で社会的に成功した人々が被害に遭うケースが多いことも、この詐欺の深刻さを物語っています。
ロマンス詐欺を簡単に言うと?
ロマンス詐欺を日常生活のたとえ話で説明すると、結婚詐欺師が相手を見つける場所をインターネット上に移したようなものです。昔の結婚詐欺師が見合いの場や社交場で相手を探していたとすれば、現代のロマンス詐欺師はSNSやマッチングアプリという巨大な出会いの場を使って、何千人、何万人もの潜在的な被害者に同時にアプローチできるようになったのです。
これは、釣り人が一本の釣り竿で魚を狙うのではなく、何百本もの釣り針を同時に海に投げ入れるようなものです。詐欺師は魅力的な餌(プロフィール)を用意し、食いついてきた魚(被害者)に対して、じっくりと時間をかけて引き寄せます。最初は小さな餌で信用させ、徐々に大きな餌(金銭要求)へと誘導していきます。そして魚が完全に針にかかったところで、一気に引き上げる(大金を騙し取る)のです。
また、これは舞台俳優が観客を感動させる演技に似ています。詐欺師は理想の恋人という役を演じ、被害者という観客を物語の世界に引き込みます。観客が完全に物語を信じ込んだところで、突然「実は困っているから助けてほしい」という展開を持ち出し、観客から金銭という形の「投げ銭」を募るのです。ただし、この舞台は永遠に続くことはなく、十分な金銭を得たところで突然幕が下り、俳優は姿を消してしまいます。
ロマンス詐欺で発生する被害は?
ロマンス詐欺による被害は、単純な金銭的損失だけではありません。被害者は経済的な打撃に加えて、深刻な心理的トラウマ、社会的な信用失墜、家族関係の崩壊など、人生全般にわたる多重的な被害を受けることになります。2024年の日本における平均被害額は1件あたり1,242.7万円に達しており、これは多くの人にとって一生かけて築いた資産の大部分、あるいは全てを失うことを意味します。
金銭的被害の規模を具体的に見ると、北海道函館市の70代女性は2024年6月から7月にかけて約300万円を騙し取られ、埼玉県の女性は2,153万円を10の異なる口座に分散して送金させられました。これらの事例は氷山の一角であり、実際には報告されない被害も多数存在すると考えられています。恥ずかしさや自責の念から、被害を家族にも警察にも報告できない被害者が多いのが現実です。
心理的な被害はさらに深刻です。多くの被害者は、金銭を失ったことよりも、愛していた相手が実在しなかったという事実に大きなショックを受けます。ある被害者は「1年間、彼の写真を家に飾っていた。感情は消えない」と証言しています。詐欺が発覚した後も、詐欺師の作り上げた偽のペルソナと実在する犯罪者を切り離すことができず、長期的な心理的トラウマに苦しむケースが多く報告されています。研究によると、被害者の76%は詐欺の最中、自分が騙されていることに気づいていませんでした。
発生する直接的被害
ロマンス詐欺による直接的被害の第一は、取り返しのつかない金銭的損失です。2024年のデータによると、被害者の大半は複数回にわたって送金しており、最初は5万円から20万円程度の少額から始まり、最終的には数百万円から数千万円に達します。送金方法は銀行振込が86.2%を占め、そのうち63.8%がインターネットバンキングを利用しています。これは銀行員との対面を避けて高額送金を可能にするための手法です。暗号資産による支払いも11.9%に達し、2025年上半期には24.7%まで増加しており、追跡が困難な決済手段への移行が進んでいます。一度送金された資金の回収率は極めて低く、特に暗号資産の場合はほぼゼロに近い状況です。
第二の直接的被害は、個人情報の悪用です。詐欺師は関係構築の過程で、被害者の氏名、住所、電話番号、勤務先、家族構成、資産状況など、詳細な個人情報を収集します。これらの情報は他の犯罪組織に売却されたり、追加の詐欺に利用されたりする可能性があります。実際に、ロマンス詐欺の被害者が後日、別の詐欺グループから「あなたの失った資金を回収できる」という二次被害詐欺のターゲットにされるケースが多発しています。また、親密な写真やビデオを要求されて送ってしまった場合、それらがセクストーション(性的脅迫)の材料として使用される危険性もあります。
第三の直接的被害は、借金や資産の喪失です。詐欺師の要求がエスカレートすると、被害者は手持ちの資金だけでなく、借金をしてまで送金を続けることがあります。定期預金の解約、不動産の売却、消費者金融からの借り入れ、クレジットカードのキャッシング、さらには親族や友人からの借金など、あらゆる手段で資金を調達してしまいます。その結果、詐欺が発覚した後も借金の返済に苦しみ、自己破産に追い込まれるケースもあります。特に退職金や老後の蓄えを全て失った高齢者の場合、経済的な再起が極めて困難となります。
発生する間接的被害
ロマンス詐欺の間接的被害として最も深刻なのは、人間関係の崩壊です。詐欺師は被害者に対して「二人だけの秘密」として関係を隠すよう求めることが多く、被害者は家族や友人に相談できない状況に追い込まれます。詐欺が発覚した後、家族から「なぜ相談してくれなかったのか」「どうしてそんな明らかな詐欺に騙されたのか」という非難を受け、家庭内の信頼関係が損なわれることがあります。特に夫婦間では、配偶者に内緒で大金を送金していたことが原因で離婚に至るケースも報告されています。また、詐欺師との「恋愛関係」に没頭するあまり、実際の家族や友人との関係を疎かにしてしまい、詐欺が発覚した後も関係修復が困難となることがあります。
第二の間接的被害は、長期的な心理的影響です。PTSD(心的外傷後ストレス障害)に類似した症状を示す被害者も多く、不眠、食欲不振、抑うつ、不安障害などに苦しむことがあります。特に深刻なのは、人を信じることができなくなるという問題です。深い信頼関係だと信じていたものが全て嘘だったという経験は、被害者の世界観を根底から覆し、その後の人間関係構築に大きな障害となります。新しい恋愛関係を築くことへの恐怖、他人の善意を疑う習慣、社会からの孤立など、詐欺の影響は何年も続くことがあります。実際に、専門的なトラウマセラピーを必要とする被害者も少なくありません。
第三の間接的被害は、社会的な評価の低下と二次被害です。ロマンス詐欺の被害者に対する社会の偏見は根強く、「騙される方が悪い」「欲に目がくらんだ」「常識がない」といった批判を受けることがあります。職場で噂になったり、地域社会で孤立したりすることもあります。さらに深刻なのは、詐欺被害者をターゲットにした二次被害詐欺です。「失った資金を回収できる」と称する偽の弁護士や探偵、「特別な投資で損失を取り戻せる」という新たな詐欺師が接触してくることがあります。被害者は一度騙されたことで自信を失い、判断力が低下している状態にあるため、これらの二次被害に遭うリスクが高くなっています。
SNS型投資・ロマンス詐欺の急増する脅威
2024年から2025年にかけて、SNS型投資・ロマンス詐欺は従来のロマンス詐欺から大きく進化し、より巧妙で組織的な犯罪へと変貌を遂げています。この新しい形態の詐欺は、恋愛感情と投資への欲望という二つの強力な心理的要素を組み合わせることで、被害額を飛躍的に増大させています。
SNS型投資詐欺の典型的な手口は、まずFacebookやInstagramに表示される偽の投資広告から始まります。これらの広告は有名人や成功した投資家の名前と写真を無断使用し、「絶対にもうかる」「月収100万円確実」といった魅力的な文言で被害者を誘います。興味を示した人は、LINEグループやTelegramチャンネルに誘導され、そこで「先生」と呼ばれる指導者から投資の手ほどきを受けることになります。
このグループには複数のサクラが配置されており、次々と成功体験を共有します。「先生のおかげで300万円の利益が出ました」「たった1ヶ月で資産が倍になりました」といった投稿が相次ぎ、被害者は自分も同じような成功を収められると信じ込みます。最初の少額投資では実際に利益が出て出金もできるため、被害者はシステムが本物だと確信します。しかし、これは詐欺師が仕組んだ罠であり、より大きな投資を促すための布石に過ぎません。
SNS型ロマンス詐欺では、この投資話に恋愛要素が加わります。詐欺師は理想的な恋人として振る舞いながら、「二人の将来のために一緒に投資しよう」「結婚資金を増やそう」といった提案をします。恋愛感情によって判断力が鈍った被害者は、愛する人との未来のためならと、より積極的に投資に参加してしまいます。
LINEヤフー株式会社の2025年3月の報告によると、同社は40~50人規模の専門チームを組織してSNS型詐欺対策に当たっています。しかし、詐欺グループの手口は日々進化しており、対策が追いつかない状況です。詐欺師たちは複数のアカウントを使い分け、IPアドレスを偽装し、本人確認をすり抜ける技術を持っています。削除されてもすぐに新しいアカウントを作成し、活動を継続します。
特に注目すべきは、詐欺グループの組織化と専門化です。東南アジアの詐欺工場では、推定22万人以上が詐欺作業に従事していると言われています。これらの施設では、心理操作の専門家、ITエンジニア、金融の知識を持つ者など、様々な専門家が協力して詐欺を実行しています。被害者一人に対して複数の詐欺師が役割分担して対応し、24時間体制で心理的圧力をかけ続けます。
暗号資産を利用した詐欺も急増しています。2024年の「豚の屠殺(Pig Butchering)」詐欺では、暗号資産関連の損失が55億ドルから99億ドルに達したと推定されています。詐欺師は独自の偽取引プラットフォームを作成し、被害者に暗号資産を送金させます。画面上では利益が表示されますが、実際には資産は詐欺師のウォレットに移動しており、回収はほぼ不可能です。
日本特有の状況として、新NISA制度の開始により投資への関心が高まっていることが、詐欺師に利用されています。「NISA枠を最大限活用する方法」「政府公認の投資手法」といった虚偽の情報で被害者を誘い込み、正規の投資と詐欺の区別がつきにくい状況を作り出しています。また、円安や物価高への不安から、資産運用に興味を持つ人が増えていることも、詐欺師にとって好都合な環境となっています。
2025年上半期の統計では、SNS型投資詐欺は前年同期比で19.6%減少した一方、SNS型ロマンス詐欺は61.5%増加しています。これは詐欺師が手法を変化させ、より感情に訴える方法にシフトしていることを示しています。純粋な投資詐欺では警戒される可能性が高いため、恋愛感情を利用してガードを下げさせる戦略に移行していると考えられます。
ディープフェイク技術を悪用した最新の詐欺手法
2024年から2025年にかけて、ディープフェイク詐欺の一種としてAI技術の悪用がロマンス詐欺に革命的な変化をもたらしています。もはや静止画像や音声メッセージだけでなく、リアルタイムのビデオ通話で本物そっくりの偽の人物と会話することが可能になったのです。この技術の進化により、従来の「ビデオ通話を拒否する詐欺師は怪しい」という判断基準が完全に無効化されつつあります。
2024年10月に香港で摘発された事件は、この脅威の深刻さを物語っています。27名の容疑者が逮捕されたこの事件では、4,600万ドル(約69億円)もの被害が発生しました。詐欺グループはDeep-Live-CamやAvatarifyといったリアルタイム顔交換ソフトウェアを使用し、ビデオ通話中に別人の顔を自分の顔に重ね合わせていました。被害者は画面の向こうにいる美しい女性と実際に会話していると信じ込み、疑いを持つことなく大金を送金してしまったのです。
この技術の恐ろしさは、その手軽さにあります。Deep-Live-Camのような商用ソフトウェアは、月額わずか数千円で利用可能です。高性能なグラフィックカード(GeForce RTX 2070以上)があれば、一般的なパソコンでもリアルタイムの顔交換が可能になります。2024年11月には、アンダーグラウンドフォーラムで詳細な設定マニュアルが公開され、技術的な知識が乏しい者でも簡単に利用できるようになっています。
音声のディープフェイクも急速に進化しています。マカフィーの2024年の研究によると、わずか3秒の音声サンプルがあれば、85%の精度で声を複製することができます。より長い音声サンプル(30秒以上)があれば、精度は95%にまで向上します。調査に参加した人の70%は、AIによって生成された音声を本物と区別することができませんでした。
詐欺師たちは、ソーシャルメディアから被害者の家族や友人の音声を収集し、それを複製して緊急事態を装います。「事故に遭った」「誘拐された」といった偽の音声通話で、パニック状態に陥った被害者から金銭を騙し取る事例が報告されています。日本でも、有名人の音声を複製して投資セミナーへの参加を促す詐欺が確認されています。
さらに深刻なのは、本人確認システム(eKYC)の突破です。多くの金融機関やオンラインサービスは、セキュリティ強化のためにビデオ通話による本人確認を導入していますが、ディープフェイク技術はこれらのシステムをも欺くことができます。2022年には、日本の銀行で口座開設申請時にAIが初期チェックを通過し、人間による最終審査でようやく不正が発覚した事例がありました。
トレンドマイクロの2025年7月の報告書によると、ディープフェイク技術を使った詐欺は今後さらに巧妙化すると予測されています。現在は主に顔と音声の偽装に使用されていますが、将来的には全身の動きや背景環境まで含めた完全な仮想空間を作り出すことが可能になるとされています。VRやメタバースの普及に伴い、仮想空間での出会いが一般化すれば、現実と虚構の境界はますます曖昧になっていくでしょう。
日本企業も対策に乗り出しています。NECは微細な皮膚の動きや血流パターンを分析することで、ディープフェイクを検出する技術を開発しました。富士通は音声の微細な揺らぎを検出することで、AIによって生成された音声を識別するシステムを構築しています。しかし、生成技術と検出技術のいたちごっこは続いており、完全な解決策はまだ見つかっていません。
一般の人々が自衛するためには、技術的な対策だけでなく、行動面での注意が必要です。ビデオ通話であっても、実際に会うまでは金銭のやり取りをしない、急な要求には応じない、複数の連絡手段で本人確認を行うなど、基本的な警戒心を持ち続けることが重要です。また、家族や友人との間で、緊急時の合言葉を決めておくことも有効な対策の一つです。
ロマンス詐欺の対策方法
ロマンス詐欺から身を守るためには、詐欺の手口を理解し、適切な予防措置を取ることが不可欠です。2024年の被害データを分析すると、詐欺師の行動パターンには明確な特徴があり、これらを知ることで多くの被害を防ぐことができます。重要なのは、感情に流されず冷静な判断を保つことと、疑わしい兆候を見逃さないことです。
まず最初の防御線として、オンラインで知り合った相手のプロフィールを慎重に検証することが必要です。詐欺師のプロフィールには共通する特徴があります。プロフィール写真が完璧すぎる、モデルや俳優のような容姿、最近作成されたばかりのアカウント、友人やフォロワーが極端に少ない、投稿内容に一貫性がない、などです。Google画像検索を使って、プロフィール写真が他のサイトから盗用されていないか確認することも重要です。実際、多くの詐欺師は実在する軍人や医師、ビジネスパーソンの写真を無断使用しています。
コミュニケーションの段階では、相手の言動に注意を払う必要があります。出会って数日から1週間以内に強い愛情表現をする、「運命の人だ」「こんな気持ちは初めて」といった大げさな表現を多用する、すぐにSNSやマッチングアプリから他の通信手段(特にLINEやWhatsApp)への移行を求める、といった行動は典型的な詐欺師のパターンです。また、ビデオ通話を頑なに拒否する、時差の計算が合わない、日本語の使い方が不自然、質問をはぐらかすといった兆候も警戒すべきサインです。
金銭に関する話題が出た時点で、それがどんな理由であれ、詐欺を疑うべきです。正当な恋愛関係において、会ったこともない相手に金銭を要求することはありません。「緊急の医療費が必要」「戦地から脱出するための費用」「荷物の通関手数料」「投資で二人の将来を築こう」など、理由は様々ですが、すべて詐欺師の常套句です。特に注意すべきは、最初は少額から始まり、徐々に金額が大きくなっていくパターンです。一度送金すると、詐欺師は被害者を「カモ」と認識し、さらなる要求をエスカレートさせます。
身を守るための具体的な行動指針として、以下の原則を守ることが重要です。実際に会うまでは絶対に金銭を送らない、個人情報(住所、勤務先、銀行口座、クレジットカード情報)を教えない、親密な写真や動画を送らない、相手の話を鵜呑みにせず独自に検証する、家族や友人に相談する、感情的になっているときは重要な決定をしない、などです。これらの原則を守ることで、大部分の詐欺被害を防ぐことができます。
技術的な対策も有効です。トレンドマイクロのScamCheckやBitdefenderのScamioといった無料アプリを使用することで、詐欺サイトや不審なメッセージを検出できます。また、送金する前に必ず銀行や警察の詐欺相談窓口に相談することも重要です。多くの金融機関では、詐欺被害防止のための相談サービスを提供しています。
予防教育も重要な要素です。家族や友人と詐欺の手口について話し合い、お互いに注意を促すことで、被害を未然に防ぐことができます。特に高齢者や恋愛に飢えている人、最近離婚や死別を経験した人など、詐欺師のターゲットになりやすい人々には、周囲のサポートが不可欠です。孤独感や不安感につけ込まれないよう、日頃からコミュニケーションを取り、相談しやすい環境を作ることが大切です。
ロマンス詐欺の対策を簡単に言うと?
ロマンス詐欺対策を日常生活の知恵に例えると、見知らぬ人から突然「宝くじが当たったから山分けしよう」と言われても信じないのと同じことです。道で偶然出会った人が「あなたは運命の人だ」と言って結婚を申し込んできたら、普通は警戒するでしょう。インターネット上でも同じ警戒心を持つべきなのです。
これは子供の頃に教わった「知らない人についていかない」という基本的な安全ルールの延長線上にあります。オンラインの世界では、相手の顔が見えても、それが本人かどうかは分かりません。美味しい話には必ず裏があり、急いで決めなければならない話は大抵が罠です。本当に価値のある関係は、時間をかけて築かれるものであり、金銭のやり取りを急ぐ必要はありません。
また、これは買い物で商品を確認してから購入するのと同じ原理です。実物を見ずに高額商品を購入する人はいません。恋愛関係も同じで、実際に会って、相手の人となりを確認してから、深い関係に進むべきです。「今すぐ買わないと売り切れる」という売り文句に踊らされないように、「今すぐ送金しないと関係が終わる」という脅しにも屈してはいけません。
簡単に言えば、オンラインでの出会いは「信用金庫」のようなものです。信用は少しずつ積み立てていくもので、一度に大金を要求してくる相手は、その信用金庫から不正に引き出そうとする詐欺師です。本物の愛情は、金銭ではなく時間と思いやりで証明されるものです。
ロマンス詐欺に関連した攻撃手法
ロマンス詐欺は単独で存在する攻撃手法ではなく、より大きなサイバー犯罪エコシステムの一部として機能しています。特にフィッシング詐欺、ソーシャルエンジニアリング、サプライチェーン攻撃との関連性は深く、これらの攻撃手法が組み合わされることで、より巧妙で検出困難な詐欺が実行されています。
- フィッシング詐欺
フィッシング詐欺との関連性は技術面と心理面の両方で顕著です。ロマンス詐欺師は、被害者を偽の投資プラットフォームや金融サイトに誘導する際、本質的にフィッシング詐欺の手法を用いています。これらのサイトは正規のサービスを精巧に模倣しており、ログイン情報や個人情報を盗み取るように設計されています。2024年のデータによると、ロマンス詐欺経由でフィッシングサイトに誘導された被害者の70%以上が、そのサイトを本物だと信じて個人情報を入力してしまいました。恋愛関係という文脈が、通常なら働くはずの警戒心を麻痺させるのです。さらに、詐欺師は被害者から得た個人情報を使って、より説得力のあるフィッシングメールを作成し、被害者の友人や家族をも標的にすることがあります。
- ソーシャルエンジニアリング
ソーシャルエンジニアリングは、ロマンス詐欺の根幹をなす要素です。詐欺師は数週間から数ヶ月かけて被害者の信頼を獲得し、心理的な防御を解除させます。この過程で使用される技術は、企業へのソーシャルエンジニアリング攻撃で使われる手法と酷似しています。詐欺師は被害者のソーシャルメディアを詳細に調査し、趣味、関心事、価値観、人間関係などの情報を収集します。これらの情報を基に、被害者の理想の相手を演じ、共通の話題や経験を作り出します。ロバート・チャルディーニの影響力の6原則(互恵性、一貫性、社会的証明、権威、好意、希少性)が巧みに利用され、被害者は自分の意思で行動していると信じながら、実際は詐欺師に操作されています。特に「返報性の原理」を利用し、詐欺師が先に愛情や時間を「投資」することで、被害者に金銭的な「お返し」をする義務感を植え付ける手法が多用されています。
- サプライチェーン攻撃
サプライチェーン攻撃との関連は、組織的な犯罪インフラの観点から理解できます。2024年に明らかになったHuione Guaranteeというプラットフォームは、詐欺のための総合的なマーケットプレイスとして機能しています。このプラットフォームでは、偽のプロフィール作成サービス、ディープフェイク技術、マネーロンダリングサービス、被害者リストなど、詐欺に必要なあらゆる「部品」が売買されています。2021年以降、このプラットフォームだけで700億ドルの暗号資産が取引され、詐欺の産業化が進んでいることを示しています。詐欺グループは、サプライチェーンのように分業化され、プロフィール作成専門家、心理操作担当者、技術サポート、資金洗浄担当者などが協力して一つの詐欺を実行します。東南アジアの詐欺工場では、推定22万人以上が組織的に詐欺活動に従事しており、これは正に犯罪のサプライチェーンと呼ぶべき構造です。日本の暴力団との関連も報告されており、国際的な犯罪ネットワークの一部として機能していることが明らかになっています。
ロマンス詐欺のよくある質問
ロマンス詐欺の被害者には、大学教授、医師、企業経営者、公務員など、社会的に成功した高学歴の人々が多く含まれています。これは決して偶然ではなく、むしろ知的能力が高い人ほど陥りやすい心理的な罠があるからです。
高い知的能力を持つ人は、矛盾や不審な点に対して合理的な説明を作り出す能力に長けています。詐欺師の話に違和感を覚えても、「時差があるから」「軍の規則だから」「文化の違いだから」といった理由づけをして、疑念を自ら解消してしまうのです。また、自分の判断力に対する自信が強いため、「自分は騙されない」という過信から、かえって警戒心が薄れることがあります。
さらに、恋愛感情が関わると、脳の批判的思考を司る前頭前皮質の活動が低下することが科学的に証明されています。これは学歴や知能とは無関係に起こる生理的な反応です。恋愛状態の脳は、薬物依存と似た状態になり、相手からのメッセージを待つ間にドーパミンが分泌され、次第に依存的な関係に陥っていきます。
成功した人々は往々にして多忙で、深い人間関係を築く時間が限られています。そのため、24時間いつでも愛情深いメッセージを送ってくれる詐欺師の存在は、心の隙間を埋める理想的な相手に見えてしまうのです。また、経済的に余裕があることで、詐欺師にとって格好のターゲットとなってしまう側面もあります。
詐欺師が実際に会えない理由として挙げる説明には、典型的なパターンがあります。最も多いのは「海外に駐留している軍人」という設定で、「任務で移動できない」「休暇申請に費用がかかる」「セキュリティ上の理由で場所を明かせない」などの理由を並べます。しかし、これらはすべて虚偽です。実際の軍人は定期的に休暇を取得でき、その費用を自己負担することはありません。
「海外でビジネスをしている」という設定も要注意です。「重要な契約があって帰国できない」「プロジェクトが終わるまであと少し」といった説明が続き、期限は常に延長されます。医師や国連職員を名乗る場合は、「医療支援で辺境地にいる」「通信環境が悪い地域にいる」といった理由を挙げますが、現代において長期間連絡が取れない地域はほとんど存在しません。
判断の基準は明確です。関係が始まってから3ヶ月以上経っても会えない場合は、詐欺を疑うべきです。本当にあなたを愛している人なら、何としても会う方法を見つけるはずです。ビデオ通話も同様で、技術的な問題を理由に拒否し続ける場合は、高い確率で詐欺です。2025年現在、世界中どこにいてもインターネット接続があればビデオ通話は可能です。
さらに、会う約束をしては直前にキャンセルするパターンも典型的です。「空港で足止めされた」「急な任務が入った」「事故に遭った」など、ドラマチックな理由でキャンセルし、そのたびに金銭的な援助を求めてきます。これらはすべて、実際に会うことができない(なぜなら別人だから)ことを隠すための演技です。
家族や友人が反対するのは、あなたを心配し、客観的な視点から危険を察知しているからです。恋愛感情に包まれているときは、冷静な判断ができなくなるのが人間の本性です。第三者の意見、特に信頼できる家族や友人の助言は、あなたを守るための重要な安全装置なのです。
詐欺師は必ず「私たちの関係を他人に話してはいけない」「誰も私たちの愛を理解してくれない」といった言葉で、被害者を孤立させようとします。これは典型的な操作手法であり、外部からの介入を防ぐための戦略です。本当の愛情は、堂々と公表できるものであり、隠す必要はありません。
実際のデータを見ると、家族や友人の介入によって詐欺被害を免れた人は多数存在します。2024年の調査では、被害を防げたケースの62%で、家族や友人の助言が決定的な役割を果たしていました。逆に、周囲の反対を押し切って送金した人の98%以上が、後に詐欺だったことが判明しています。
もし本当の愛なら、時間をかけて家族に理解してもらうことも可能なはずです。相手が本物なら、あなたの家族と話すことも、身分を証明することも喜んでするでしょう。それを拒否したり、急いで秘密裏に事を進めようとしたりする相手は、何かを隠している可能性が極めて高いのです。
家族の反対を「理解がない」と切り捨てる前に、一度立ち止まって考えてみてください。なぜ会ったこともない相手を信じ、長年あなたを支えてきた家族を疑うのでしょうか。本当の愛は、家族の祝福を受けられる関係であるべきです。
絶対に送金してはいけません。たとえ5万円という少額であっても、一度送金すると取り返しのつかない事態に発展します。詐欺師にとって最初の送金は、あなたを「カモ」として認定する重要な指標となるのです。
詐欺師は心理学の「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」を悪用しています。最初は小さな要求から始めて、徐々に要求を大きくしていく手法です。5万円を送った後は「あと10万円あれば解決する」となり、次は「30万円必要になった」とエスカレートしていきます。最終的に被害額が1,000万円を超えるケースの多くが、最初は5万円程度の少額送金から始まっています。
また、一度送金すると「サンクコスト効果」と呼ばれる心理が働きます。すでに投資した金額を無駄にしたくないという思いから、追加の送金を続けてしまうのです。「ここまで送ったのだから、もう少し送れば返ってくるかもしれない」という希望的観測に囚われ、冷静な判断ができなくなります。
さらに深刻なのは、あなたの情報が詐欺師ネットワークで共有される可能性です。一度送金した人は「送金実績のあるカモリスト」に登録され、他の詐欺グループからも狙われるようになります。実際、ロマンス詐欺の被害者の43%が、その後別の詐欺被害にも遭っているというデータがあります。
5万円を失うリスクだけでなく、その後の継続的な被害、精神的なダメージ、信頼関係の崩壊など、計り知れない損失につながる可能性があります。どんなに説得力のある理由でも、会ったことのない相手への送金は100%詐欺だと認識してください。
残念ながら、送金したお金が戻ってくる可能性は極めて低いのが現実です。しかし、迅速に行動することで、被害を最小限に抑えることは可能です。重要なのは、追加の送金を絶対に行わないことと、適切な機関に相談することです。
銀行振込の場合、直ちに振込先の金融機関に連絡してください。「振り込め詐欺救済法」により、口座が凍結されれば、残高から被害金の一部が返還される可能性があります。ただし、詐欺師は送金後すぐに引き出すため、全額回収は困難です。2024年のデータでは、銀行振込の被害金のうち、回収できたのは平均して15%程度でした。
暗号資産での送金の場合、回収はさらに困難です。ブロックチェーンの性質上、一度送金された暗号資産を取り戻すことはほぼ不可能です。取引所に連絡して詐欺を報告することはできますが、実際に資金が戻ってくることは稀です。クレジットカードで暗号資産を購入した場合は、カード会社にチャージバック(支払い取り消し)を申請する価値はありますが、成功率は低いのが実情です。
警察への被害届は必ず提出してください。捜査により犯人が特定される可能性は低いですが、被害届の受理番号は今後の手続きに必要となります。また、被害の実態を把握することで、将来的な詐欺防止対策にもつながります。国民生活センター(188番)への相談も重要です。二次被害を防ぐためのアドバイスを受けることができます。
「お金を取り戻せる」と称する業者には十分注意してください。詐欺被害者を狙った二次被害詐欺が横行しています。高額な着手金を要求したり、成功報酬を前払いさせたりする業者は、ほぼ間違いなく詐欺です。弁護士に相談する場合は、必ず各地の弁護士会を通じて紹介を受けてください。ただし、国際ロマンス詐欺の場合、弁護士でも回収は極めて困難であることを理解しておく必要があります。
緊急連絡先
ロマンス詐欺の被害に遭った場合・不審な状況に直面した場合は、以下の窓口にご相談ください。
- 緊急時は110(日本)
生命・身体・財産に対する急迫した危険がある場合
- 警察相談専用電話 #9110(平時の相談)
- 平日 9:00~17:00
- 詐欺被害の相談、被害届の出し方など
- 緊急でない警察への相談全般- 消費者ホットライン 188(いやや!)
- 年末年始を除き、原則毎日利用可能
- 最寄りの消費生活センター等をご案内
- ロマンス詐欺・投資詐欺の相談、二次被害防止のアドバイス- その他の相談窓口
- 法テラス:0570-078374(平日9:00~21:00、土曜9:00~17:00)
- 各都道府県の弁護士会相談窓口
- NPO法人CHARMS(ロマンス詐欺被害者支援)
※2025年10月23日(木)現在
※一人で悩まず、必ず誰かに相談してください。あなたは一人ではありません。
更新履歴
- 初稿公開