媒体・機器の不適切廃棄とは?
媒体・機器の不適切廃棄とは、パソコンやスマートフォン、USBメモリ、ハードディスクなどのデジタル機器を処分する際に、内部に保存されているデータを完全に消去せずに廃棄してしまうことです。別名として「不完全な機器廃棄」「データ残存廃棄」とも呼ばれます。
デジタル機器には、顧客情報、社内文書、個人の写真や連絡先、クレジットカード情報、パスワードなど、さまざまな重要情報が保存されています。これらの情報を適切に消去しないまま廃棄すると、第三者がデータを復元して悪用する危険性があります。
2024年の東京商工リサーチ調査によると、上場企業における「紛失・誤廃棄」による情報漏洩事故は20件発生しており、全体の10.5%を占めています。2012年から2024年までの累計では、1,454件の漏洩事故が発生し、約1億8,249万人分の個人情報が流出している状況です。
特に学校・教育機関では書類紛失が年々増加傾向にあり、東京都では57年分(936人分)の卒業証書授与台帳を紛失した事案も発生しています。従来の紙ベース管理には物理的な紛失や盗難のリスク、不適切な廃棄による情報流出といった多くの課題が存在します。
デジタル機器の処分には、単に「ごみ箱を空にする」「初期化する」だけでは不十分であり、専門的なデータ消去手法や物理的な破壊が必要です。また、企業や組織においては、ITAD(IT資産適正処分)と呼ばれる適切な廃棄プロセスの確立が求められています。
媒体・機器の不適切廃棄を簡単に言うと?
媒体・機器の不適切廃棄を身近なたとえで説明すると、「日記帳をそのままゴミ箱に捨てる」ようなものです。
普通の日記帳なら、誰でも開いて中身を読むことができます。それと同じように、パソコンやスマートフォンも、表面上は「削除した」「初期化した」ように見えても、実は中身のデータがそのまま残っているのです。
もっと具体的にいうと、本棚から本を抜き取っただけで、その本自体は部屋のどこかに置いたままにしているような状態です。本棚の目録(インデックス)からは消えているので一見わからなくなりますが、本そのものはまだ存在しています。そのため、専門の道具(データ復元ソフト)を使えば、誰でも簡単に「本」を見つけて読むことができてしまうのです。
レストランにたとえるなら、お客さんが帰った後のテーブルを「片付けた」と思っていても、実は食べかけの料理やメモが引き出しに入ったままになっているようなものです。次のお客さん(機器を手に入れた人)が引き出しを開ければ、前のお客さんの情報が全部見えてしまいます。
本当に安全に処分するには、日記帳なら「シュレッダーにかける」「燃やす」必要があるように、デジタル機器も特別な方法でデータを完全に消すか、物理的に壊す必要があるのです。
媒体・機器の不適切廃棄の現状
2024年のセキュリティ状況を見ると、デジタル機器の廃棄に関する問題は依然として深刻です。特に注目すべき点として、企業における情報漏洩事故が4年連続で過去最多を更新しており、その一因として不適切な機器廃棄が挙げられています。
最も衝撃的だったのは、2019年に発覚した神奈川県庁のハードディスク流出事件です。この事件では、廃棄を請け負った処分業者の社員が18台のハードディスクを不正に持ち出し、ネットオークションで転売しました。このハードディスクには神奈川県の行政文書が大量に記録されており、落札者がデータ復元ソフトを使用して情報を復元したことで発覚しました。メディアでは「世界最悪級の流出」と報じられ、情報セキュリティ管理の重要性を再認識させる事件となりました。
また、2022年6月には尼崎市における約46万件の個人情報が入ったUSBメモリ紛失事案が発生しました。この事案を受けて、個人情報保護委員会が「USBメモリ紛失事案を受けた個人データの適正な取扱いについて」という注意喚起を発表し、全国の地方公共団体や企業に対して適切なデータ管理の徹底を求めました。
最新の技術動向として、2024年以降はクラウドストレージの普及により、ローカルデバイスのデータ管理が複雑化しています。スマートフォンやタブレット端末の廃棄においても、単なる初期化だけでは不十分であり、専門的なデータ消去やリモートワイプ機能の活用が推奨されています。
企業においては、ITAD(IT資産適正処分)サービスの導入が進んでいます。これは、IT資産の回収からデータ消去、リサイクルまでをワンストップで提供するサービスで、データ消去証明書の発行により、適切な処分が行われたことを証明できます。神奈川県の事件を受けて、多くの自治体や企業が外部業者に依頼する前に、自組織内で専用ソフトウェアを用いたデータ消去を義務付けるようになりました。
廃棄プロセスにおける最新の課題として、SSD(ソリッドステートドライブ)の完全消去の難しさが挙げられます。HDDとは構造が異なるため、従来のデータ消去方法では不十分な場合があり、物理破壊が推奨される場面が増えています。
媒体・機器の不適切廃棄で発生する被害は?
媒体・機器の不適切廃棄によって発生する被害は、単なるデータ流出だけにとどまらず、企業や個人の生活基盤を揺るがす深刻な問題に発展します。一度流出した情報は完全に回収することが不可能であり、被害は長期にわたって継続する可能性があります。
デジタル機器には日々の業務で扱う顧客情報、社内の機密文書、個人のプライベートな写真や連絡先、金融情報など、あらゆる重要データが蓄積されています。これらが第三者の手に渡ると、情報の悪用、なりすまし詐欺、企業の信用失墜、法的責任の追及など、多方面にわたる被害が発生します。
特に企業においては、一件の不適切廃棄が何百万人もの個人情報流出につながり、損害賠償や行政処分、取引先からの契約解除といった致命的な結果を招くことがあります。個人の場合でも、自分のデータだけでなく、連絡先に保存されている家族や友人の情報まで流出させてしまう可能性があります。
媒体・機器の不適切廃棄で発生する直接的被害
個人情報・機密情報の流出
廃棄した機器から顧客情報、社員情報、取引先情報、個人の連絡先などが流出します。神奈川県庁の事件では、住民の氏名、住所、税務情報などが含まれる行政文書が流出しました。2024年の東京商工リサーチ調査では、「紛失・誤廃棄」による事故で影響を受けた個人情報は、1件あたり平均で数万人規模に及んでいます。これらの情報は、なりすまし詐欺、フィッシング攻撃、個人を標的とした攻撃などに悪用される可能性があります。
金融被害
クレジットカード情報、銀行口座情報、オンラインバンキングのログイン情報などが流出すると、直接的な金銭被害が発生します。パソコンやスマートフォンのブラウザには、ネットショッピングの履歴やクレジットカード番号が自動保存されていることが多く、これらが第三者に渡ると不正利用されます。また、仮想通貨ウォレットの秘密鍵が保存されていた場合、資産が盗まれる危険性もあります。
企業秘密・知的財産の漏洩
企業の営業資料、開発中の製品情報、顧客との契約書、戦略計画などが流出すると、競合企業に利用されたり、事業の競争力が低下したりします。研究開発データや特許関連情報の流出は、何年もかけて蓄積した知的財産を一瞬で失うことを意味します。製造業では設計図やCADデータ、医療機関では患者の診療記録、法律事務所では訴訟関連文書など、業種ごとに致命的な情報が存在します。
媒体・機器の不適切廃棄で発生する間接的被害
社会的信用の失墜とブランドイメージの低下
情報漏洩が発覚すると、メディアで大きく報道され、企業名が広く知られることになります。2019年の神奈川県庁の事件は「世界最悪級の流出」として国内外で報じられ、行政への信頼が大きく損なわれました。企業の場合、顧客や取引先からの信頼喪失、株価の下落、新規顧客の獲得困難など、長期的な影響が続きます。一度失った信頼を回復するには多大なコストと時間が必要で、場合によっては事業の継続が困難になることもあります。
法的責任と損害賠償
個人情報保護法に基づき、個人情報を適切に管理する義務があり、違反した場合は行政指導や罰金などの制裁を受けます。京都宇治市のデータ漏洩事件では、約22万件の住民基本台帳データが流出し、請求者一人当たり1万円の慰謝料支払いが命じられました。これは個人情報の基本4情報(氏名、住所、性別、生年月日)を漏洩した際に慰謝料支払いが命じられた初の判決です。大規模な流出の場合、数億円から数十億円規模の損害賠償が発生する可能性があります。
二次被害の拡大とサプライチェーンへの影響
業務委託先や取引先の情報が流出すると、自社だけでなく関連企業にも被害が及びます。2024年のトレンドマイクロ調査によると、セキュリティインシデント全体の36.3%が他組織で発生したサイバー攻撃による二次被害でした。廃棄した機器から取引先の情報が流出した場合、契約解除や損害賠償請求を受けるだけでなく、業界全体での信用も失うことになります。また、流出した情報を使って標的型攻撃が仕掛けられ、さらなるセキュリティ侵害につながる連鎖的な被害も発生します。
媒体・機器の不適切廃棄の対策方法
媒体・機器の不適切廃棄を防ぐには、組織全体での体系的な取り組みが必要です。単に「データを削除する」だけでは不十分であり、適切な消去方法の選択、廃棄プロセスの確立、従業員教育、そして第三者による証明までを含めた包括的な対策が求められます。
企業や組織においては、ITAD(IT資産適正処分)と呼ばれる専門的なアプローチが推奨されています。これは、IT資産のライフサイクル全体を管理し、セキュリティとコンプライアンスを確保しながら、環境にも配慮した処分を実現する考え方です。
個人の場合でも、基本的な対策を理解して実践することで、情報漏洩のリスクを大幅に減らすことができます。特にパソコンやスマートフォンの買い替え時期には、必ず適切なデータ消去を行ってから処分することが重要です。
媒体・機器の不適切廃棄の対策を簡単に言うと?
媒体・機器の廃棄対策を身近なたとえで説明すると、「引っ越しの前に家を完全に空にする」ようなものです。
引っ越しするときに、表面的な荷物だけ運んで、クローゼットの奥や床下収納に大切なものを置いたままにしていたら大変ですよね。デジタル機器の廃棄も同じで、見えている部分だけでなく、隠れているデータもすべて確実に消す必要があります。
もっと具体的にいうと、図書館の本を返却するときのイメージです。単に本棚に戻すだけでなく、自分が書き込んだメモや付箋をすべて取り除き、借りた時と同じきれいな状態にして返却しますよね。デジタル機器も同じで、自分が使った痕跡を完全に消してから手放す必要があります。
レストランにたとえるなら、閉店後の清掃のようなものです。テーブルを拭くだけでなく、床を掃き、食器を洗い、ゴミを捨て、冷蔵庫を空にして、次の日に営業できる状態にします。デジタル機器の廃棄も、表面的な「削除」だけでなく、奥底にあるデータまで完全にきれいにする作業が必要なのです。
具体的な方法としては、「専門の道具(データ消去ソフト)を使って何度も上書きする」「物理的に壊してしまう(ハンマーで叩く、シュレッダーにかける)」「専門業者に依頼して証明書をもらう」といった選択肢があります。
企業・組織における対策
データ消去ポリシーの策定と運用
企業はまず、IT資産の廃棄に関する明確なポリシーを策定する必要があります。このポリシーには、どのデータを誰がどの方法で消去するのか、承認プロセスはどうするのか、証明書の保管期間はどうするのかといった具体的な手順を定めます。神奈川県は事件後、「県情報を保存するために使用した情報機器からの情報流出防止策」を策定し、すべての情報機器は再利用または破壊前に必ず専用ソフトウェアでデータ消去することを義務付けました。外部業者に委託する前に、県職員が自ら施設内でデータ消去を実施するという厳格なルールを設けています。
データ消去証明書の取得
専門業者によるデータ消去サービスを利用し、消去作業が適切に行われたことを証明する「データ消去証明書」を取得します。この証明書には、消去対象となった機器のシリアル番号、消去実施日時、使用した消去ツール、作業場所などが詳細に記載されます。国際標準の長期署名規格(PAdES)に準拠した改ざん防止が施された証明書であれば、監査や顧客への説明責任を果たす確実な証拠となります。費用は1台あたり数千円程度ですが、情報漏洩リスクを考えれば必要な投資といえます。
ITADサービスの活用
ITAD(IT Asset Disposition)サービスは、IT資産の回収から輸送、データ消去、リサイクルまでをワンストップで提供する専門サービスです。信頼できるITAD業者は、ISO/IEC 27001(情報セキュリティマネジメントシステム)の認証を取得しており、徹底したセキュリティ管理のもとで作業を行います。また、買取可能な機器については適正価格で買い取ってくれるため、投資回収率(ROI)の向上にも貢献します。ソフマップやゲットイットなどの大手ITAD事業者は、環境配慮とセキュリティを両立したサービスを提供しています。
従業員教育とセキュリティ意識の向上
どんなに優れたポリシーや技術があっても、従業員がルールを守らなければ意味がありません。定期的な研修を実施し、不適切な廃棄がもたらすリスクと、正しい廃棄手順を周知徹底します。神奈川県庁の事件でも、廃棄業者の社員による不正持ち出しが原因でした。このような内部不正を防ぐには、複数人でのチェック体制、監視カメラの設置、IT資産管理システムとの連携など、多層的な対策が必要です。
個人における対策
専用データ消去ソフトの使用
無料または有料のデータ消去ソフトウェアを使用して、確実にデータを消去します。単なる「削除」や「フォーマット」では、データ復元ソフトで簡単に復活させられます。米国国防総省の規格(DoD 5220.22-M)に準拠したソフトを選び、複数回の上書き処理を実行することで、復元をほぼ不可能にできます。WindowsではBitLocker、MacではFileVaultといった暗号化機能を事前に有効にしておくことも効果的です。
物理破壊による確実な消去
最も確実な方法は、記憶媒体を物理的に破壊することです。ハードディスクの場合、電動ドリルで複数箇所に穴を開ける、ハンマーで破壊する、専門業者のHDD破砕サービスを利用するといった方法があります。SSDやスマートフォンの場合も、専門業者による物理破壊サービスが提供されています。ただし、自分で破壊する場合は怪我や環境汚染のリスクがあるため、十分な注意が必要です。
メーカーや自治体の回収サービス利用
パソコンメーカーの多くは、PCリサイクル法に基づいた回収サービスを提供しており、データ消去を含めた適切な処分を行っています。また、自治体の小型家電回収BOXも利用できますが、この場合は事前に自分でデータを完全消去しておく必要があります。スマートフォンの場合、各キャリア(ドコモ、au、ソフトバンク)が店頭での回収サービスを提供しており、その場で物理破壊してくれる場合もあります。
リモートワイプ機能の活用
スマートフォンやタブレットを紛失した場合に備えて、遠隔でデータを消去できるリモートワイプ機能を設定しておきます。iPhoneでは「iPhoneを探す」、Androidでは「デバイスを探す」機能により、端末の位置確認とリモートでの完全消去が可能です。企業ではMDM(モバイルデバイス管理)を導入することで、従業員の端末を一括管理し、紛失時に即座にデータを消去できます。
媒体・機器の不適切廃棄に関連した攻撃手法
媒体・機器の不適切廃棄は、単独で発生する問題ではなく、他のサイバー攻撃や情報漏洩の手法と密接に関連しています。攻撃者は、不適切に廃棄された機器から得た情報を足がかりに、さらに大規模な攻撃を仕掛けることがあります。
廃棄された機器から得られる情報には、企業ネットワークへのアクセス情報、従業員の個人情報、取引先の連絡先などが含まれており、これらは標的型攻撃やビジネスメール詐欺などの準備段階で利用されます。また、廃棄プロセス自体がサプライチェーン攻撃の侵入経路となることもあります。
データ持ち出し(Exfiltration)
データ持ち出しは、組織内の機密情報を外部に持ち出す行為全般を指します。媒体・機器の不適切廃棄は、このデータ持ち出しの一形態と考えることができます。
不適切廃棄とデータ持ち出しの関連性は、「意図的か非意図的か」という点で異なりますが、結果として重要データが組織外に流出する点では同じです。廃棄された機器から復元されたデータには、ネットワーク構成情報、アクセス認証情報、業務システムのログインIDなどが含まれている可能性があり、これらは攻撃者がデータ持ち出しを実行する際の貴重な情報源となります。
具体的には、廃棄されたパソコンから復元された従業員のメールアドレスリストやVPN接続情報を使って、フィッシングメールを送信したり、社内ネットワークへの侵入を試みたりします。2024年の事例では、不適切に廃棄されたUSBメモリから得た社員情報を使い、その社員になりすましてビジネスメール詐欺を仕掛けるケースも報告されています。
対策としては、廃棄前のデータ完全消去に加えて、在職中から従業員のデバイス使用状況を監視し、不審なデータコピー行為を検知することが重要です。また、退職者のアカウントを速やかに無効化し、廃棄予定機器のネットワークアクセス権限を事前に削除しておくことで、万が一データが流出しても被害を最小化できます。
サプライチェーン攻撃
サプライチェーン攻撃は、製品やサービスの供給網を通じて標的組織に侵入する攻撃手法です。媒体・機器の不適切廃棄は、廃棄業者という「サプライチェーン」が攻撃経路となる典型例です。
神奈川県庁のハードディスク流出事件は、まさにサプライチェーン攻撃の一形態でした。廃棄業務を委託された処分業者の社員が、本来破壊すべきハードディスクを不正に持ち出して転売したのです。この事件により、「信頼できる業者」への委託であっても、社員個人の不正行為までは防げないことが明らかになりました。
2024年のトレンドマイクロ調査では、セキュリティインシデント全体の36.3%が他組織で発生したサイバー攻撃による二次被害でした。業務委託先である廃棄業者がランサムウェア攻撃を受けた場合、委託元企業の廃棄予定機器に保存されていた情報も同時に流出する危険性があります。
対策として、神奈川県は事件後に廃棄プロセスを大幅に見直しました。外部業者に渡す前に、必ず県職員が自ら専用ソフトウェアでデータ消去を実施し、消去完了を確認してから搬出するルールを確立しました。また、輸送中の監視を業者に要求し、IT資産管理システムと連携したトレーサビリティを確保しています。企業においても、廃棄業者の選定時にISO認証取得状況やセキュリティ体制を確認し、定期的な監査を実施することが推奨されます。
内部不正(インサイダー脅威)
内部不正は、組織内部の人間が意図的に機密情報を盗んだり、破壊したりする行為です。媒体・機器の廃棄プロセスは、内部不正の絶好の機会となり得ます。
退職予定の従業員が、返却する業務用パソコンから個人的にデータをコピーしたり、廃棄予定の機器を「うっかり」持ち帰ったりするケースがあります。2024年3月時点でも裁判が継続していた大規模情報漏洩事件では、派遣社員がスマートフォン経由で数千万件の個人情報を持ち出しましたが、この手法は廃棄プロセスでも悪用可能です。
廃棄担当者や処分業者の社員も、内部不正のリスクがあります。廃棄予定の機器には「もう不要なデータ」という認識から、セキュリティ意識が低下しがちですが、攻撃者にとっては宝の山です。神奈川県庁の事件でも、処分業者の社員が「廃棄予定だから問題ない」という意識で不正行為に及びました。
対策としては、廃棄プロセスに複数人のチェック体制を導入し、作業場所への監視カメラ設置、廃棄記録の詳細な保管などが有効です。また、退職者については、返却前に情報システム部門がデバイスのログを確認し、不審なデータコピー行為がなかったか検証することが重要です。廃棄業者との契約書には、社員の守秘義務違反に対する罰則規定を明記し、定期的な監査権も盛り込むべきです。
媒体・機器の不適切廃棄のよくある質問
Q1: パソコンを初期化すれば、データ消去は完了ですか?
いいえ、パソコンの初期化(フォーマットやリカバリー)だけでは、データは完全に消去されません。
初期化やフォーマットは、「ファイルがどこに存在するか」を示すインデックス情報を削除するだけで、ファイル本体のデータはハードディスクやSSDにそのまま残っています。これは、本棚から本の目録を取り除いただけで、本そのものは棚に残っている状態と同じです。
専門のデータ復元ソフトウェアを使用すれば、初期化後のデータも比較的簡単に復元できてしまいます。神奈川県庁の事件でも、NTFSフォーマットされたハードディスクから、落札者が復元ソフトを使ってデータを復元しました。
完全にデータを消去するには、専用のデータ消去ソフトを使って複数回上書きするか、物理的にハードディスクを破壊する必要があります。企業の場合は、データ消去証明書を発行してくれる専門業者に依頼することが推奨されます。
Q2: スマートフォンやUSBメモリも同じように対策が必要ですか?
はい、スマートフォンやUSBメモリ、外付けハードディスク、SDカードなど、すべての記憶媒体で同様の対策が必要です。
スマートフォンには、連絡先、写真、メール、SNSアカウント、決済情報など、パソコン以上に個人情報が詰まっています。単なる「工場出荷時の設定に戻す」だけでは不十分な場合があり、特にAndroid端末では機種によって消去の確実性が異なります。
USBメモリは小型で持ち運びやすい反面、紛失しやすいという特徴があります。2022年の尼崎市の事件では、約46万件の個人情報が入ったUSBメモリが紛失し、大きな問題となりました。USBメモリを廃棄する際は、専用の消去ソフトを使うか、物理的に破壊する必要があります。
スマートフォンの場合、事前に暗号化を有効にしておくことで、万が一データが復元されても読み取れないようにできます。また、「iPhoneを探す」や「デバイスを探す」などのリモートワイプ機能を設定しておくことも重要です。
Q3: 個人で安全にパソコンを処分する方法を教えてください
個人がパソコンを安全に処分するには、以下の手順を踏むことをおすすめします。
まず、重要なデータのバックアップを取ります。次に、無料または有料のデータ消去ソフト(CCleaner、DBAN、Eraser など)をダウンロードし、米国国防総省規格に準拠した複数回上書き消去を実行します。消去完了後、パソコンメーカーの回収サービスやPCリサイクル協力店に持ち込みます。
より確実な方法としては、ハードディスクを物理的に取り外し、電動ドリルで複数箇所に穴を開けてから廃棄する方法があります。ただし、自分で破壊する場合は怪我や環境汚染に注意が必要です。
費用はかかりますが、パソコン処分専門業者に依頼すれば、データ消去証明書を発行してもらえるため、最も安心できる方法といえます。費用相場は1台あたり3,000円から10,000円程度です。買取可能な機器であれば、買取金額と相殺されることもあります。
Q4: データ消去証明書は本当に必要ですか?個人でも取得すべきでしょうか?
企業や組織の場合、データ消去証明書の取得は強く推奨されます。個人の場合は必須ではありませんが、取得しておくと安心です。
企業においては、個人情報保護法などの法令により、個人情報を適切に管理する義務があります。万が一情報漏洩が発覚した際、「適切な処分を行った」ことを証明できる唯一の証拠がデータ消去証明書です。証明書がないと、情報管理の杜撰さを疑われ、損害賠償や行政処分のリスクが高まります。
個人の場合でも、パソコンに仕事関連のデータを保存していた、フリーランスで顧客情報を扱っていた、という場合は証明書を取得しておくべきです。また、中古買取業者に売却する場合、証明書があれば買取価格が上がることもあります。
データ消去証明書の発行費用は、業者によりますが1台あたり1,000円から5,000円程度です。証明書には、機器のシリアル番号、消去実施日時、使用した消去ツール、作業者などが記載され、国際標準規格に準拠した改ざん防止が施されています。
Q5: 企業で大量のパソコンを一度に廃棄する際の注意点は何ですか?
企業で大量のパソコンを一度に廃棄する場合、以下の点に特に注意が必要です。
まず、廃棄するすべての機器のリストを作成し、シリアル番号や管理番号を記録します。これにより、どの機器がどのように処分されたかを追跡できるトレーサビリティを確保します。次に、信頼できるITAD(IT資産適正処分)業者を選定します。ISO/IEC 27001などの認証を取得しているか、過去の実績はどうか、データ消去証明書を発行してくれるかなどを確認します。
神奈川県の事件を教訓に、外部業者に引き渡す前に、自社内で専用ソフトウェアを使ったデータ消去を実施することをおすすめします。その後、業者による二重のデータ消去または物理破壊を依頼することで、より確実な対策となります。
輸送時のセキュリティも重要です。施錠可能な専用車両での輸送、GPS追跡、複数人での立ち会いなど、機器が第三者の手に渡らないような対策を講じます。また、廃棄プロセス全体を監査できるよう、作業記録の提出を業者に義務付けます。
最後に、すべての廃棄が完了したら、各機器のデータ消去証明書を受領し、少なくとも5年間は保管します。将来的に情報漏洩が疑われた際、これらの証明書が「適切な処分を行った」ことの証拠となります。
まとめ
媒体・機器の不適切廃棄は、見過ごされがちですが重大なセキュリティリスクです。2024年の統計では、「紛失・誤廃棄」による情報漏洩事故が20件発生し、過去13年間の累計で約1億8,249万人分の個人情報が流出しています。
デジタル機器には、顧客情報、社内文書、個人のプライバシー情報など、あらゆる重要データが保存されており、不適切な廃棄は情報流出、金銭被害、社会的信用の失墜、法的責任といった深刻な被害を引き起こします。
対策としては、専用データ消去ソフトの使用、物理破壊、ITAD業者への委託、データ消去証明書の取得などが有効です。企業においては、明確な廃棄ポリシーの策定と、従業員教育が不可欠です。
デジタル機器を処分する際は、「見えないデータ」まで完全に消去することを忘れずに、適切な方法で処分しましょう。
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