物流・運輸業界のランサムウェア対策|港湾ガイドライン対応と事業継続

物流・運輸業界は社会インフラの要として、ランサムウェア攻撃の重大な標的となっています。2023年7月、名古屋港のコンテナターミナルシステム(NUTS)がランサムウェア攻撃を受け、約3日間にわたりコンテナの搬出入が停止しました。国内最大級の港湾での物流停止は、自動車産業をはじめとするサプライチェーン全体に甚大な影響を与え、その経済損失は数十億円規模と推定されています。本記事では、国土交通省「港湾サイバーセキュリティガイドライン」への対応を軸に、TOS(Terminal Operating System)の保護対策、名古屋港事例の詳細な教訓、サプライチェーン全体での事業継続計画の策定方法、倉庫・配送センターの対策まで、物流・運輸業界のセキュリティ担当者に必要な情報を網羅的に解説します。

物流・運輸業界が狙われる理由と被害の深刻さ

標的となる理由

物流・運輸業界がランサムウェア攻撃の標的となりやすい理由を理解することが対策の第一歩です。

社会インフラとしての重要性
物流は社会経済活動の血液ともいえる存在です。食料品、医薬品、製造部品など、あらゆる物資の輸送を担っており、停止時の社会的影響は計り知れません。この重要性が攻撃者にとって身代金支払いを強制する材料となります。
停止時の経済的影響の大きさ
物流が止まると、製造業は部品不足で生産停止、小売業は商品欠品、輸出入企業は納期遅延による違約金リスクなど、影響が連鎖的に拡大します。この圧力が身代金支払いへの動機となります。
サプライチェーンの要としての価値
物流企業は多数の荷主企業と接続しており、一社への攻撃が多くの企業に影響を及ぼします。また、物流企業のシステムを踏み台にして荷主企業を攻撃するルートとしても狙われます。

被害の影響

物流・運輸業界がランサムウェア被害を受けた場合の影響を整理します。

物流停止による経済損失
コンテナターミナルの停止では1日あたり数億円〜数十億円規模の経済損失が発生しうると試算されています。復旧までの期間が長引くほど損失は拡大します。
荷主への影響
荷主企業は代替輸送手段の確保、納期調整、顧客への説明対応など、多大な負担を強いられます。契約上の責任問題に発展するケースもあります。
取引先との信頼関係
セキュリティ被害により物流が停止した場合、「この物流会社は信頼できるのか」という疑念が生じ、取引関係に影響する可能性があります。
社会的影響
食料品、医薬品などの生活必需品の輸送が停止すると、社会全体に影響が及びます。特に災害時の物資輸送を担う物流企業の機能停止は、公共の安全に関わります。

TOS(Terminal Operating System)の保護

TOSとは

コンテナターミナルの管理システム
TOS(Terminal Operating System)は、コンテナターミナルの運営を管理する中核システムです。コンテナの位置管理、積み降ろし計画、ゲート管理、船舶との連携など、ターミナル運営のあらゆる機能を担っています。
港湾物流の中核システム
TOSが停止すると、どのコンテナがどこにあるか把握できず、積み降ろし作業が不可能になります。手作業での代替は事実上困難であり、TOSの復旧なしにはターミナル運営を再開できません。

TOSの脆弱性

脆弱性の種類 具体的な問題 リスクレベル
外部ネットワークとの接続 船会社、荷主とのデータ連携
レガシーシステムの存在 古いOSやソフトウェアの使用 中〜高
パッチ適用の困難さ 24時間稼働でメンテナンス時間確保が困難
リモートアクセス管理 保守用VPN経由での不正アクセスリスク

保護対策

TOSを守るための具体的な対策を実施してください。

ネットワーク分離
TOSは外部ネットワーク、事務系ネットワークから分離し、必要最小限の通信のみを許可します。ファイアウォール、DMZの設計により、外部からの侵入経路を限定してください。
アクセス制御の強化
TOS へのアクセスは必要最小限の担当者に限定し、多要素認証を導入します。特権アカウントの管理を厳格化し、操作ログを記録・監視してください。
バックアップ体制
TOSのデータは定期的にバックアップし、ネットワークから分離した場所に保管します。復旧手順を文書化し、定期的に復旧テストを実施してください。詳細はバックアップ戦略をご参照ください。
代替運用手順の整備
TOS停止時の代替運用手順を策定しておきます。完全な手作業は困難ですが、優先度の高い業務から段階的に対応する手順を整備してください。

港湾サイバーセキュリティガイドラインへの対応

ガイドラインの概要

国土交通省による策定
国土交通省は名古屋港の被害を受け、港湾分野のサイバーセキュリティ対策を強化するガイドラインの整備を進めています。港湾運営会社、ターミナルオペレーター等を対象としています。
対象範囲と適用
国際戦略港湾、国際拠点港湾を中心に、港湾運営に関わる事業者が対象となります。法的義務ではありませんが、社会インフラとしての責任を踏まえた対応が求められます。
名古屋港事例を受けた強化
名古屋港の被害を教訓に、TOSのセキュリティ強化、BCP策定、関係者間の連携体制構築などが重点項目として盛り込まれています。

対応すべき主要項目

対策区分 主要項目 対応のポイント
組織的対策 責任体制の明確化、規程整備 セキュリティ責任者の任命
技術的対策 ネットワーク分離、アクセス制御 TOSの保護強化
物理的対策 入退室管理、機器保護 サーバー室のセキュリティ
人的対策 教育訓練、意識啓発 定期的なセキュリティ研修
BCP 事業継続計画の策定 代替運用手順の整備

定期的な訓練・演習

サイバー攻撃対応訓練の実施
ランサムウェア攻撃を想定した対応訓練を定期的に実施してください。発見から報告、初動対応、復旧までの一連の流れを確認し、課題を洗い出します。
手動オペレーションへの切り替え訓練
TOS停止時の代替運用手順を実際に試行し、実効性を確認します。問題点があれば手順を改善してください。

被害事例と教訓(名古屋港等)

名古屋港コンテナターミナル(2023年7月)

被害概要
2023年7月4日、名古屋港統一コンテナターミナルシステム(NUTS)がランサムウェア攻撃を受けました。LockBit 3.0によるものとされ、コンテナの搬出入業務が約3日間にわたり停止しました。
影響の規模
名古屋港は日本最大の貿易港であり、特に自動車産業の輸出入拠点として重要な位置を占めています。コンテナ搬出入の停止により、自動車メーカーをはじめとする多数の企業に影響が及びました。経済損失は数十億円規模と推定されています。
攻撃グループ
LockBit 3.0による攻撃とされています。LockBitはRaaS(Ransomware as a Service)として知られる攻撃グループで、世界中で多数の被害を出しています。
教訓
VPN機器の脆弱性が侵入経路となった可能性が指摘されています。港湾システム特有の脆弱性(24時間稼働によるパッチ適用の遅れ、レガシーシステムの残存等)への対策、および事業継続計画の重要性が再認識されました。

海外事例

事業者 時期 概要 教訓
DP World Australia 2023年11月 オーストラリア主要港で数日間の業務停止 港湾の国際的なリスク
Maersk(NotPetya) 2017年6月 世界最大の海運会社が被害、損失約3億ドル サプライチェーン攻撃のリスク

共通する教訓

複数の被害事例から、以下の共通する教訓が導き出されます。

  • VPN機器の脆弱性管理:主要な侵入経路となっている
  • 港湾システム特有の課題:24時間稼働、レガシーシステム対応
  • 事業継続計画の重要性:代替手段の確保、復旧手順の整備
  • 関係者間の連携:港湾関係者、荷主、行政との情報共有

サプライチェーン全体での事業継続

物流停止の影響範囲

物流の停止は、サプライチェーン全体に影響を及ぼします。

荷主への影響
製造業は部品・原材料の入手ができず生産停止、小売業は商品欠品、輸出企業は船積み遅延による違約金リスクなど、多岐にわたる影響が発生します。
取引先への影響
協力会社、下請け企業にも影響が波及します。物流会社の被害が、関係企業全体の事業継続に影響する可能性があります。
代替物流の確保
主要な物流ルートが使用できない場合の代替手段を事前に検討しておくことが重要です。

BCP策定のポイント

物流・運輸業界特有のBCP策定ポイントを整理します。

代替港湾・代替ルートの確保
主要港湾が使用できない場合の代替港湾、代替輸送ルートを事前に特定しておきます。契約関係の確認、連絡先の整備を行ってください。
手動オペレーションへの切り替え
システム停止時に最低限の業務を継続するための手動オペレーション手順を整備します。完全な代替は困難でも、優先度の高い業務から対応できる体制を構築してください。
関係者への連絡体制
荷主、船会社、協力会社、行政機関など、関係者への連絡体制を整備します。緊急連絡網を作成し、定期的に更新してください。
復旧優先度の設定
すべてのシステム・業務を同時に復旧することは困難です。重要度に応じた復旧優先度を事前に設定し、段階的な復旧計画を策定してください。

詳細はIT-BCP策定ガイドをご参照ください。

関係者間の連携

港湾関係者との情報共有
港湾運営会社、ターミナルオペレーター、船会社、荷役会社など、港湾関係者間でのセキュリティ情報共有体制を構築します。
荷主との連携
主要荷主との間で、インシデント発生時の連絡体制、情報共有ルールを取り決めておきます。
行政との連携
国土交通省、港湾管理者との連絡体制を確認しておきます。インシデント発生時の報告ルートを明確にしてください。

倉庫・配送センターの対策

倉庫管理システム(WMS)の保護

倉庫管理システム(WMS)もランサムウェアの標的となります。

ネットワーク分離
WMSは事務系ネットワーク、インターネット接続系から分離します。必要な通信のみをファイアウォールで許可してください。
バックアップ体制
在庫データ、入出庫データを定期的にバックアップし、オフラインで保管します。
代替運用手順
WMS停止時の手作業による入出庫管理手順を整備しておきます。

配送管理システムの保護

システム 保護のポイント
車両管理システム アクセス制御、ログ監視
配車システム バックアップ、代替手順
ドライバー向けアプリ MDM(モバイルデバイス管理)、認証強化
貨物追跡システム 顧客向けシステムのセキュリティ

よくある質問(FAQ)

Q: 港湾ガイドラインへの対応は義務ですか?
A: 現時点では法的義務ではありませんが、社会インフラとしての責任を踏まえ、対応が強く推奨されています。今後、法制化や契約上の要件化が進む可能性があります。名古屋港の事例を教訓に、先行して対応を進めることをお勧めします。
Q: 中小物流企業でも対策は必要ですか?
A: 必要です。中小企業であっても、フィッシングメールやソーシャルエンジニアリングによりランサムウェアに感染するリスクがあります。また、大企業のサプライチェーンの一部として、セキュリティ対策を求められるケースも増えています。最低限、VPN機器の更新、バックアップ、従業員教育は実施してください。
Q: システム停止時の荷主への責任は?
A: 契約内容により異なりますが、サイバー攻撃による不可抗力として免責される可能性がある一方、セキュリティ対策の不備が問われる可能性もあります。契約書のセキュリティ条項、免責条項を確認し、必要に応じて見直しを検討してください。サイバー保険への加入も検討事項です。
Q: 代替物流はどう確保すればよいですか?
A: 事前に代替港湾、代替輸送手段(陸上輸送、航空輸送等)の選択肢を特定しておきます。代替手段を提供できる事業者との関係を構築し、緊急時の連絡先を整備してください。BCPの一部として、代替物流の確保を計画に含めることが重要です。
Q: サイバー保険で物流停止の損害はカバーされますか?
A: サイバー保険の補償内容は商品により異なります。事業中断による損失(逸失利益)、第三者への賠償、インシデント対応費用などが補償される商品があります。契約前に補償範囲を確認し、自社のリスクに適した商品を選択してください。詳細はサイバー保険の選び方をご参照ください。

まとめ:物流・運輸業界が今すぐ実施すべきこと

物流・運輸業界がランサムウェアの脅威からサプライチェーンと社会インフラを守るためには、以下の対策を優先的に実施してください。

  1. VPN機器のファームウェア確認・更新(即時)
  2. TOS/WMSのネットワーク分離状況確認(1週間以内)
  3. バックアップのオフライン保管(2週間以内)
  4. BCP(事業継続計画)の見直し(1ヶ月以内)
  5. 関係者間の連絡体制整備(1ヶ月以内)

ランサムウェア対策の全体像については、ランサムウェアとは?仕組み・感染経路・対策を徹底解説をご参照ください。また、より詳細な対策についてはランサムウェア対策完全ガイドもあわせてご確認ください。


【ご注意・免責事項】

  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する専門的助言ではありません
  • 港湾サイバーセキュリティガイドラインは最新版をご確認ください
  • 実際に被害に遭われた場合は、以下の公的機関にご相談ください
    • 警察相談専用ダイヤル:#9110
    • IPA情報セキュリティ安心相談窓口:03-5978-7509
    • 国土交通省(港湾関連)
  • 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください
  • セキュリティ対策の導入は、専門家やベンダーと相談の上ご判断ください
  • 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手口やガイドラインは更新される可能性があります

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京都開発研究所

システム開発/サーバ構築・保守/技術研究

CMSの独自開発および各業務管理システム開発を行っており、 10年以上にわたり自社開発CMSにて作成してきた70,000以上のサイトを 自社で管理するサーバに保守管理する。