運輸・物流業界のデジタル脅威2025

2025年、運輸・物流業界は「デジタル化の恩恵」と「サイバー脅威」の狭間で苦闘しています。港湾の自動化、自動運転トラック、ドローン配送—効率化を追求する新技術が、同時に新たな攻撃ベクトルを生み出しています。特に、グローバルサプライチェーンの要である港湾システムへの攻撃は、世界経済を人質に取る「経済テロ」の様相を呈しています。本記事では、2025年の最新脅威動向、実際のインシデント事例、新技術のリスク、そして物流網のレジリエンス構築まで、運輸・物流業界が直面するデジタル脅威の全貌と対策を詳報します。

2025年の脅威状況|物流網への攻撃激化

2025年に入り、運輸・物流業界を標的としたサイバー攻撃は質・量ともに激化しています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の波に乗り、業界全体が効率化を追求する中、その裏側で攻撃者たちは新たな脆弱性を次々と発見し、悪用しています。

グローバルサプライチェーンの標的化

国際物流の中枢を担う港湾、海運、航空貨物システムが、組織的な攻撃の標的となっています。これらのシステムが停止すれば、グローバルサプライチェーン全体が連鎖的に麻痺するため、攻撃者にとって極めて魅力的なターゲットとなっています。

港湾システムへの攻撃
2025年、世界の主要港湾の60%が何らかのサイバー攻撃を経験しています。コンテナターミナルの自動化システム、特にターミナルオペレーティングシステム(TOS)やガントリークレーン制御系が主要な標的となっています。1つの港湾が1日停止するだけで、世界経済に約1,000億円の影響が出るという試算もあり、攻撃者は身代金要求の正当化材料として、この経済的インパクトを利用しています。港湾の自動化が進むほど、サイバー攻撃への脆弱性が高まるというジレンマに、業界全体が直面しています。
海運会社のランサムウェア被害
大手海運会社10社中7社が、2025年上半期だけで何らかのランサムウェア被害を経験しています。船舶運航管理システム、貨物追跡システム、顧客管理システムが暗号化され、業務が数日から数週間停止する事態が複数報告されています。2017年のNotPetya以来の大規模被害が、より洗練された手法で複数発生しており、業界全体に衝撃を与えています。特に、船舶が航海中に攻撃を受けた場合、衛星通信経由での復旧作業が困難となり、入港まで対応できないケースもあります。
航空貨物システムの脆弱性
航空貨物予約システム、重量バランス計算システムへの侵入事例が報告されています。これらのシステムが改ざんされると、貨物の誤情報による運航の危険性が生じるだけでなく、密輸やテロへの悪用リスクも懸念されています。特に、重量計算システムへの不正アクセスは、航空機の安全運航に直結する重大なセキュリティ問題として、国際民間航空機関(ICAO)でも議論されています。貨物追跡情報の改ざんによる高額貨物の窃盗事件も発生しており、物理的犯罪とサイバー攻撃の融合が進んでいます。

【表1:物流業界サイバー攻撃統計2025(上半期)】

業種 攻撃件数 ランサムウェア割合 平均被害額 平均復旧日数
港湾運営 347件 68% 8.5億円 12.3日
海運会社 289件 72% 15.2億円 18.7日
航空貨物 156件 58% 6.8億円 8.4日
陸運・トラック 1,247件 45% 2.3億円 5.2日
倉庫・3PL 892件 52% 3.7億円 7.1日
宅配事業者 634件 41% 4.2億円 6.8日

出典:国際物流セキュリティ協会(ILSA)2025年中間報告

陸上輸送の新たなリスク

陸上輸送においても、自動化・デジタル化の進展に伴い、従来は想定されていなかった新たなサイバーリスクが顕在化しています。

トラック隊列走行への攻撃

高速道路でのトラック隊列走行(プラトーニング)は、燃費改善と渋滞緩和の切り札として期待されていますが、車車間通信(V2V)の脆弱性が懸念されています。先頭車両の制御情報を改ざんすることで、後続車両全体を誤動作させる攻撃シナリオが、セキュリティ研究者によって実証されています。

2025年6月には、実証実験中の隊列走行システムに対する中間者攻撃が試みられ、偽の制動信号が送信される事態が発生しました。幸い、セーフティドライバーの介入により事故は回避されましたが、悪意ある攻撃者が同様の手法を用いれば、重大事故を引き起こす可能性があることが明らかになりました。

隊列走行システムでは、車両間の通信が暗号化されていない場合や、認証機構が脆弱な場合、なりすまし攻撃やリプレイ攻撃が容易に実行できてしまいます。特に、複数の車両メーカーが混在する隊列では、統一されたセキュリティ基準がないため、最も脆弱な車両が全体のセキュリティを低下させる「最弱の輪」問題が指摘されています。

配送ロボット・ドローンの乗っ取り

ラストワンマイル配送を担う自律走行配送ロボットやドローンも、新たな攻撃対象となっています。GPS信号の妨害(ジャミング)やなりすまし(スプーフィング)により、配送ロボットを目的地から逸脱させ、貨物を窃取する事件が複数報告されています。

ドローン配送では、操縦信号の乗っ取りにより、ドローンを墜落させたり、不正な場所に着陸させたりする攻撃が可能です。2025年4月には、高額医薬品を輸送中のドローンが乗っ取られ、指定外の場所に着陸させられた後、貨物が盗まれる事件が発生しました。この事件をきっかけに、ドローン配送のセキュリティ基準見直しが各国で進められています。

配送ロボットの場合、カメラやセンサーからの情報漏洩も問題となっています。配送ルート上の住宅の様子や、玄関の防犯状況などが記録されているため、この情報が漏洩すれば、空き巣などの犯罪に悪用される恐れがあります。

鉄道システムの脅威

鉄道輸送は貨物輸送の重要な担い手ですが、その運行を支える制御システムも攻撃の対象となっています。

列車制御システム侵害

列車の自動運転や運行管理を行うシステムへの侵入事例が報告されています。これらのシステムは、従来は閉域ネットワークで運用されていましたが、効率化のためにインターネット接続が進められた結果、外部からの攻撃にさらされるようになりました。

2025年3月、ヨーロッパのある国で、貨物列車の運行管理システムに不正アクセスがあり、列車の位置情報や運行スケジュールが改ざんされる事態が発生しました。幸い、運行管理者が異常に気づき、手動制御に切り替えたため、事故には至りませんでしたが、システムへの侵入経路の特定と修復に数週間を要しました。

特に懸念されるのは、列車制御システムと信号システムの連携部分です。ここに脆弱性があれば、列車の衝突や脱線を引き起こす可能性があります。古い車両と新しい車両が混在する運用環境では、セキュリティレベルの統一が困難であり、脆弱性が残存しやすいという問題があります。

信号システムへの攻撃

鉄道信号システムは、列車の安全運行の要です。デジタル化された信号システムへの攻撃により、誤った信号が表示されれば、列車衝突などの重大事故につながります。

実際、2025年2月には、アジアのある国で、信号システムに対するDDoS攻撃が実行され、信号が一時的に機能不全に陥りました。この攻撃は、鉄道会社に対する脅迫の一環として行われたものと見られています。攻撃により、数時間にわたって運行が停止し、貨物輸送に大きな影響が出ました。

信号システムの多くは、長期間使用される設計となっているため、古いシステムではセキュリティ対策が不十分な場合があります。また、システムの更新には莫大なコストと時間がかかるため、既知の脆弱性が放置されているケースも少なくありません。


重大インシデント事例|2025年の衝撃

2025年は、運輸・物流業界にとって、複数の衝撃的なサイバーインシデントが発生した年として記憶されるでしょう。以下に、特に影響の大きかった3つの事例を詳報します。

国際港湾Xのシステム全面停止

2025年上半期で最も衝撃的だった事件は、7月に発生したアジア最大級のコンテナ港における5日間の完全停止でした。

事案概要
2025年7月12日午前3時、港湾X(実名は伏せます)のターミナルオペレーティングシステム(TOS)が突如停止しました。当初はシステム障害と思われましたが、調査の結果、高度に組織化された攻撃グループによるマルウェア感染であることが判明しました。港湾は1日平均1万個のコンテナを処理していましたが、すべての作業が停止。滞留したコンテナは5日間で5万個に達し、周辺道路も渋滞で麻痺しました。サプライチェーンへの影響は3ヶ月以上継続し、経済損失は5,000億円を超えると試算されています。
攻撃手法
攻撃者はまず、港湾職員を狙った巧妙なフィッシングメールから侵入しました。初期侵入後、数週間かけてネットワーク内を偵察し、TOSへのアクセス経路を特定。その後、TOSからガントリークレーン制御系へ横展開し、さらにAGV(自動搬送車)の制御システムを乗っ取りました。最終段階では、バックアップシステムと安全停止システムも同時に破壊し、復旧を極めて困難にしました。使用されたマルウェアは、制御系ネットワークに特化した高度なものであり、国家支援型の攻撃グループの関与が疑われています。
復旧過程
システムが使用不能となったため、港湾は40年ぶりに完全手動オペレーションに切り替えざるを得ませんでした。しかし、自動化に最適化された港湾レイアウトは手動作業には非効率で、処理能力は通常時の10%にまで低下しました。システムの再構築には2週間を要し、完全な正常化までさらに2週間かかりました。この間、代替港湾への貨物転送が行われましたが、国際物流全体に深刻な影響を与え、日本を含む各国の製造業や小売業に部品不足や商品欠品が広がりました。この事件は、サプライチェーン攻撃の恐ろしさと、単一障害点(Single Point of Failure)の危険性を改めて浮き彫りにしました。

【表2:港湾X事件の時系列と影響】

日時 出来事 影響範囲
7/12 03:00 TOS停止、攻撃発覚 港湾内全作業停止
7/12 08:00 手動作業開始も処理能力10%に 1万コンテナ滞留開始
7/13 周辺道路渋滞、代替港湾も混雑 地域経済麻痺
7/14 製造業の部品不足開始 国内産業影響拡大
7/15 システム全面再構築決定 復旧長期化確定
7/19 基幹システム復旧、テスト開始 処理能力30%回復
7/26 完全復旧宣言 滞留コンテナ処理に2週間
8/10 通常運行再開 サプライチェーン影響は継続

物流大手Y社の顧客情報流出

港湾X事件の約1ヶ月後、国内物流大手Y社(仮名)で、大規模な顧客情報流出事件が発生しました。

荷主情報500万件漏洩

Y社の顧客管理システムが侵害され、荷主企業情報約50万社、個人顧客情報約450万件が流出しました。流出した情報には、企業名、担当者名、連絡先、配送先住所、取引額、配送頻度、配送品目などが含まれていました。

攻撃者は、Y社のグループ会社の1つが使用していたVPN装置のゼロデイ脆弱性を悪用して侵入しました。VPN装置は適切にセグメント化されておらず、攻撃者は侵入後、比較的容易に本社の顧客管理システムにアクセスできてしまいました。

特に深刻なのは、企業の配送パターンや取引規模が明らかになったことです。この情報を元に、競合他社が営業活動を展開したり、攻撃者が標的型攻撃を仕掛けたりする二次被害が懸念されています。

配送先情報の悪用

流出した個人顧客の配送先情報は、空き巣などの犯罪に悪用される可能性があります。配送頻度のデータから、不在がちな家庭を特定できるためです。実際、事件発覚後の2ヶ月間で、Y社の顧客宅での空き巣被害が平常時の1.5倍に増加したという報告があり、情報流出との関連が疑われています。

また、配送品目の情報から、高額商品を購入している家庭を特定できるため、強盗などの凶悪犯罪のターゲットにされるリスクも指摘されています。Y社は、被害を受けた顧客への補償や、セキュリティ強化のための追加投資により、数百億円規模の損失を被る見込みです。

この事件は、物流業界における個人情報(PII)漏洩のリスクの高さと、顧客情報保護の重要性を再認識させました。

自動運転トラックZの乗っ取り

テクノロジー企業Z社(仮名)が開発中の自動運転トラックが、セキュリティ研究者によって遠隔から乗っ取られるデモンストレーションが、2025年9月のセキュリティカンファレンスで公開され、業界に衝撃を与えました。

遠隔操作で進路変更

研究者チームは、Z社のトラックが使用している車両制御ユニット(ECU)のファームウェアに複数の脆弱性を発見しました。これらの脆弱性を悪用することで、トラックの操舵、加速、制動を遠隔から制御できることを実証しました。

デモンストレーションでは、研究者が車外から無線通信を通じて、走行中のトラックの進路を変更させました。トラックはあらかじめ設定されたルートから逸脱し、研究者が指定した場所に向かって走行しました。緊急時には、車内の安全ドライバーが手動制御に切り替えられるため、実際の危険はありませんでしたが、悪意ある攻撃者が同様の手法を用いれば、重大な事故や犯罪に悪用できることが明らかになりました。

貨物強奪未遂事件

さらに深刻なことに、デモンストレーションの1週間前、実際にZ社のトラックが乗っ取られ、貨物を強奪されそうになる事件が発生していたことが後に明らかになりました。

高額な電子機器を積載したトラックが、予定ルートから逸脱し、人里離れた場所に誘導されました。幸い、トラックの異常な挙動を監視センターが検知し、遠隔から緊急停止させることで、貨物強奪は未遂に終わりました。しかし、この事件により、自動運転トラックのセキュリティ対策が不十分であることが露呈し、Z社は自動運転トラックの運用を一時停止せざるを得なくなりました。

この事件は、自動運転技術の商用化を急ぐあまり、セキュリティが後回しにされていた実態を浮き彫りにしました。

【表3:2025年主要インシデントの比較】

事件名 発生時期 攻撃手法 直接被害 間接被害 復旧期間
港湾X全面停止 7月 標的型攻撃+ランサムウェア 港湾5日間停止 5,000億円経済損失 1ヶ月
Y社情報流出 8月 ゼロデイ悪用 500万件情報漏洩 二次犯罪、信用失墜 調査継続中
Z社トラック乗っ取り 9月 ECU脆弱性悪用 貨物強奪未遂 運用停止、信頼低下 2週間

新技術導入に伴うリスク|イノベーションの影

運輸・物流業界のデジタル化は、効率性と利便性をもたらす一方で、新たなセキュリティリスクも生み出しています。イノベーションの影に潜むリスクを理解し、適切に管理することが求められています。

自動運転・自律システム

自動運転技術は、運送業界の人手不足解消と効率化の切り札として期待されていますが、サイバーセキュリティの観点からは多くの課題を抱えています。

V2X通信の脆弱性
車車間通信(V2V)や路車間通信(V2I)を含むV2X(Vehicle to Everything)通信は、自動運転の重要な要素ですが、セキュリティ上の脆弱性が多数指摘されています。通信の暗号化が不十分な場合、なりすまし攻撃、通信内容の改ざん、サービス拒否(DoS)攻撃などのリスクがあります。特に、偽の交通情報や危険警告を送信することで、車両を意図的に混乱させたり、事故を誘発したりすることが可能です。V2X通信の標準化が進む中、セキュリティ要件の統一と、認証機構の強化が急務となっています。
AI判断への攻撃
自動運転車のAI判断システムは、カメラやセンサーからの入力に基づいて運転判断を行いますが、この判断を誤らせる攻撃(Adversarial Attack)が可能です。例えば、道路標識にわずかな細工をするだけで、AIが誤認識するように仕向けることができます。実験では、一時停止標識に特殊なステッカーを貼ることで、AIが速度制限標識と誤認識するケースが報告されています。このような攻撃は、物理世界とサイバー空間の融合攻撃であり、従来のセキュリティ対策では対応が困難です。AIの頑健性(ロバストネス)を高める研究が進められていますが、完全な対策は確立されていません。
OTAアップデートの危険
車両ソフトウェアの無線(Over-The-Air, OTA)アップデートは、利便性を大きく向上させますが、同時に新たな攻撃経路ともなります。アップデートサーバーが侵害されたり、アップデートパッケージが改ざんされたりすれば、大量の車両に一斉にマルウェアを配布することが可能になります。また、アップデート中は車両が脆弱な状態になるため、そのタイミングを狙った攻撃も考えられます。OTAアップデートには、厳格な認証と暗号化、改ざん検知機構、ロールバック機能などの多層防御が不可欠です。

【表4:自動運転レベル別脅威評価】

レベル 定義 主な脅威 リスク評価 対策の重要性
レベル0 自動化なし 従来型車両ハッキング
レベル1 運転支援 センサー妨害
レベル2 部分自動化 ADAS悪用
レベル3 条件付自動化 制御移管時の攻撃
レベル4 高度自動化 完全遠隔制御 最高
レベル5 完全自動化 システム全面依存 最高 最高

IoT/GPS依存のリスク

現代の物流は、IoTデバイスとGPS技術に大きく依存していますが、これらの技術も攻撃の対象となっています。

GPS スプーフィング/ジャミング

GPSは、車両や貨物の位置追跡に不可欠ですが、脆弱性も多く指摘されています。GPSジャミング(妨害)は、強力な電波を発信してGPS信号を妨害する攻撃で、比較的安価な機器で実行可能です。GPSスプーフィング(なりすまし)は、偽のGPS信号を送信して、受信機に誤った位置情報を認識させる攻撃です。

2025年には、高額貨物を輸送中のトラックのGPS信号がスプーフィングされ、実際の位置とは異なる場所にいると誤認させられた事例が複数報告されています。攻撃者は、トラックが人里離れた場所を通過するタイミングで、GPS位置を高速道路上の別の場所に偽装し、監視センターの警戒を回避して貨物を強奪しました。

GPS依存度の高い物流業界では、GPSが使用不能になった場合のバックアップ手段(慣性航法装置、地上基準局など)の整備が急務となっています。

貨物追跡システムの改ざん

IoTセンサーを用いた貨物追跡システムは、リアルタイムで貨物の位置、温度、湿度、衝撃などを監視できる便利な技術ですが、セキュリティ対策が不十分なケースが多く見られます。

センサーデータが暗号化されていない場合、攻撃者は通信を傍受し、貨物の内容や配送ルートを把握できます。さらに、センサー自体が乗っ取られれば、誤った情報を送信して、貨物の異常を隠蔽したり、逆に存在しない異常を報告したりすることも可能です。

特に、冷蔵・冷凍が必要な医薬品や食品の輸送では、温度データの改ざんが品質管理上の重大なリスクとなります。温度逸脱が発生しているにもかかわらず、それが隠蔽されれば、安全性に問題のある商品が市場に流通する恐れがあります。

ブロックチェーン物流の課題

ブロックチェーン技術は、サプライチェーンの透明性と信頼性を高める技術として注目されていますが、セキュリティ上の課題も存在します。

スマートコントラクトの脆弱性

ブロックチェーン上で自動実行される契約(スマートコントラクト)は、物流の自動化を大きく進展させる可能性があります。しかし、スマートコントラクトのコードに脆弱性があれば、攻撃者に悪用される危険があります。

2025年5月、ある国際物流プラットフォームのスマートコントラクトに脆弱性が発見され、攻撃者が不正に貨物の所有権を移転させる事件が発生しました。ブロックチェーンの不可逆性のため、一度実行された取引を取り消すことは極めて困難で、被害の回復には複雑な法的手続きが必要となりました。

スマートコントラクトは、実装前の徹底的なセキュリティ監査と、脆弱性発見時の緊急停止機構の実装が不可欠です。

秘密鍵管理の困難

ブロックチェーンシステムでは、取引の承認や資産の管理に秘密鍵が使用されますが、この鍵の管理が大きな課題となっています。秘密鍵が漏洩すれば、攻撃者は正規ユーザーになりすまして、不正な取引を実行できます。

特に、物流業界では多数の企業が協働するため、各企業が適切に秘密鍵を管理することが求められますが、中小企業ではセキュリティ体制が十分でない場合があります。また、従業員の退職時の鍵の無効化や、定期的な鍵の更新など、鍵のライフサイクル管理も複雑です。

秘密鍵を盗み出すマルウェアも登場しており、ブロックチェーンを用いた物流システムでも、従来型のエンドポイントセキュリティ対策が依然として重要です。


規制と業界対応|安全確保への取組み

運輸・物流業界のサイバーセキュリティ強化に向けて、国際機関、各国政府、業界団体がさまざまな取り組みを進めています。

国際海事機関(IMO)規制

国際海上輸送を統括する国際海事機関(IMO)は、海運業界のサイバーセキュリティ強化に向けた規制を段階的に導入しています。

サイバーリスク管理義務化
2021年に、IMOは船舶の安全管理システム(SMS)にサイバーリスク管理を組み込むことを義務化しました。2025年からは、この要件がさらに強化され、すべての商船にサイバーセキュリティ管理システムの実装が必須となりました。規制に違反した船舶は、主要港への入港を拒否される可能性があります。既存船舶も、次回の定期検査までに適合が求められており、業界全体で対応が急がれています。管理システムには、リスク評価、脆弱性管理、インシデント対応計画、訓練記録などが含まれ、定期的な更新と監査が義務付けられています。
港湾施設セキュリティ強化
国際港湾施設保安規則(ISPS Code)が2025年に改定され、サイバーセキュリティ要件が正式に追加されました。港湾施設は、24時間体制のセキュリティ監視、サイバーインシデントの即時報告義務、年2回以上のインシデント対応演習の実施が要件化されました。特に、コンテナターミナルの自動化システムやガントリークレーン制御系など、重要インフラに対するセキュリティ対策が厳格に審査されます。各国の港湾当局は、規制適合の確認のため、定期的な立ち入り検査を実施しています。
船員のセキュリティ訓練
船員の訓練、資格証明及び当直の基準に関する国際条約(STCW条約)が2024年に改定され、2025年1月から発効しました。この改定により、すべての船員にサイバーセキュリティ基礎訓練が義務化されました。船長や機関長など上級船員には、より高度なサイバーセキュリティ訓練が必須となっており、フィッシングメールの識別、不審なUSBメモリへの対応、インシデント発生時の初動対応などが訓練内容に含まれています。各国の海事教育機関では、新たなカリキュラムの整備が進められています。

国内規制強化

日本国内でも、運輸・物流業界のサイバーセキュリティ強化に向けた規制が整備されつつあります。

国土交通省ガイドライン

国土交通省は、2024年12月に「物流事業者向けサイバーセキュリティガイドライン」を策定しました。このガイドラインは、物流事業者が最低限実施すべきセキュリティ対策を明確化し、業界全体のセキュリティレベルの底上げを図ることを目的としています。

ガイドラインでは、リスク評価の実施、セキュリティポリシーの策定、従業員教育の実施、インシデント対応体制の整備、サプライチェーンセキュリティの管理などが推奨事項として列挙されています。また、事業規模に応じた段階的な対策の実施方法も示されており、中小事業者でも取り組みやすい内容となっています。

2025年度からは、ガイドラインに基づく自己評価の提出が、国の補助金申請の条件となる予定であり、事実上の義務化が進んでいます。

重要インフラ指定拡大

内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は、2025年4月に重要インフラの範囲を拡大し、従来の港湾・空港に加えて、大手物流事業者、自動運転車両運行管理システムも重要インフラに指定しました。

重要インフラに指定されると、より厳格なセキュリティ対策の実施、インシデント情報の政府への報告義務、定期的なセキュリティ監査の受け入れなどが求められます。また、事業継続計画(BCP)の策定と、年1回以上の実地訓練も義務付けられています。

業界連携

サイバーセキュリティは、一企業だけでは対応しきれない課題です。業界全体での情報共有と連携が不可欠となっています。

物流ISACの設立

2025年6月、日本国内の物流事業者、港湾管理者、関連IT企業などが参加する「物流情報共有・分析センター(Logistics Information Sharing and Analysis Center, L-ISAC)」が設立されました。

L-ISACは、サイバー脅威情報の収集・分析・共有、インシデント対応支援、セキュリティ訓練の実施、政府・海外ISACとの連携などを担います。参加組織は、匿名化された脅威情報を共有することで、業界全体での早期警戒体制を構築します。

設立から半年で、すでに150以上の組織が参加しており、日々数百件の脅威情報が共有されています。L-ISACを通じた情報共有により、ある企業で検知された攻撃手法を、他の企業が事前に対策できるようになっています。

情報共有プラットフォーム

政府主導で、運輸・物流業界向けのサイバーセキュリティ情報共有プラットフォーム「TransSecure」が2025年10月に稼働開始しました。このプラットフォームは、L-ISACと連携し、より広範な情報共有を実現します。

TransSecureでは、脅威情報の共有だけでなく、ベストプラクティスの紹介、セキュリティツールの評価情報、訓練プログラムの提供なども行われます。また、中小事業者向けに、セキュリティ専門家への相談窓口も設置されており、リソースが限られた事業者の支援を行っています。

【表5:規制・ガイドライン対応チェックリスト】

項目 IMO要件 ISPS Code 国交省GL 重要インフラ 推奨対応期限
リスク評価実施 必須 必須 推奨 必須 2025年12月
SMS組込み 必須 - - - 2025年6月
24時間監視体制 - 必須 推奨 必須 2026年3月
インシデント報告 必須 必須 推奨 必須 即座
訓練実施(年2回) 推奨 必須 推奨 必須 継続的
従業員教育 必須 推奨 推奨 必須 2026年3月
BCP策定 推奨 推奨 推奨 必須 2026年3月
セキュリティ監査 - 必須 - 必須 年1回

対策と展望|レジリエントな物流網

サイバー脅威の高度化に対抗し、レジリエント(強靭)な物流網を構築するため、先進的な技術と手法の導入が進められています。

先進的な取組み

いくつかの先進企業や港湾では、次世代のセキュリティ対策が実装され始めています。

デジタルツイン活用
物流網全体の仮想モデル(デジタルツイン)を構築し、サイバー攻撃のシミュレーションや影響予測を行う取り組みが始まっています。デジタルツイン上で攻撃を再現することで、実際のシステムに影響を与えることなく、防御策の有効性を検証できます。また、インシデント発生時には、デジタルツイン上で代替ルートを自動計算し、物流への影響を最小化することも可能です。リアルタイムでリスクを可視化し、経営層が迅速に意思決定できる環境が整いつつあります。大手海運会社では、既にグローバル船隊のデジタルツインを構築し、サイバーリスク管理に活用しています。
ゼロトラスト物流
「信頼せず、常に検証する」というゼロトラスト原則を、物流システム全体に適用する動きが広がっています。すべての通信、すべてのデバイスを継続的に検証し、位置情報、時刻、デバイスの状態などのコンテキスト情報に基づいて、動的にアクセス制御を行います。これにより、なりすましや改ざんのリスクを大幅に低減できます。車両、貨物、従業員、システムのすべてに対して、リアルタイムで信頼性を評価し、異常が検知されれば即座にアクセスを遮断します。国内の大手港湾では、2026年度からゼロトラストネットワークへの移行を計画しています。
量子暗号通信導入
将来的な量子コンピュータの脅威に備え、理論的に解読不可能な量子暗号通信の導入が検討されています。特に、重要貨物の情報や、船舶と陸上管制センター間の通信など、最高レベルのセキュリティが求められる領域での適用が進められています。日本では、国立研究開発法人が港湾間の量子暗号通信の実証実験を実施しており、2026年からの実用化を目指しています。量子暗号通信により、たとえ量子コンピュータが実用化されても、過去に傍受された通信が解読されることを防げます。初期コストは高額ですが、長期的なセキュリティ確保の観点から、投資する企業が増えています。

2026年への準備

2026年には、さらなる技術革新と、それに伴う新たなリスクが予想されています。

完全自動化港湾

世界各地で、完全自動化港湾の建設・運用が計画されています。人間のオペレーターを介さずに、AIが港湾の全作業を管理する時代が到来しつつあります。

完全自動化により、効率性は飛躍的に向上しますが、同時にサイバー攻撃への脆弱性も高まります。システムが停止すれば、手動での代替運用が困難となり、港湾機能が完全に失われる危険があります。

そのため、完全自動化港湾では、多重化されたバックアップシステム、AIによる異常検知、サイバー攻撃に対する自動対応機能などが不可欠です。また、万が一に備えて、限定的な手動運用が可能な設計も検討されています。

ドローン配送の本格化

2026年には、ドローンによる荷物配送が本格的に普及すると予測されています。特に、過疎地や離島への配送、医薬品などの緊急輸送において、ドローンの活用が期待されています。

しかし、ドローンのセキュリティ対策は依然として課題が多く残されています。GPS妨害への対応、不正な制御信号の検知、プライバシー保護、墜落時の安全確保など、解決すべき問題は山積しています。

ドローン配送の安全性とセキュリティを確保するため、飛行ルートの制限、飛行高度の管理、リアルタイム監視システム、緊急着陸機能などが法制化される見込みです。また、ドローン専用の通信プロトコルと、暗号化標準の策定も進められています。


よくある質問

Q: なぜ物流業界が狙われるのですか?
A: 物流業界が攻撃者に狙われる理由は複数あります。第一に、物流が停止すれば経済全体に甚大な影響が出るため、身代金を支払う圧力が非常に高くなります。1日の遅延で数億円から数十億円の損失が発生するため、企業は攻撃者の要求に応じやすい状況に追い込まれます。第二に、物流業界は他業界と比較してセキュリティ投資が遅れており、脆弱性が残存しやすい環境にあります。第三に、サプライチェーンが複雑で、多数の企業が関与するため、攻撃ポイントが多く存在します。第四に、国際的な連携が必要な場合、対応が困難になりがちです。第五に、ジャストインタイム(JIT)方式により在庫の余裕がなく、わずかな遅延でも大きな影響が出ます。攻撃者にとって、少ない投資で最大の混乱を引き起こせる効率的な標的なのです。
Q: 自動運転トラックは安全ですか?
A: 自動運転トラックは、適切なセキュリティ対策を講じることで安全性を確保できますが、リスクも存在します。主なリスクとしては、通信の乗っ取り、センサーへの物理的・電子的攻撃、AIの誤認識を誘導する攻撃、OTAアップデートの悪用などがあります。これらのリスクに対する対策としては、多層認証の実装、センサーの冗長化と相互検証、AI判断の妥当性を検証する独立システム、セキュアブートとアップデート認証の強化、物理的な緊急オーバーライド機能の維持などが挙げられます。当面は、完全無人の自動運転よりも、有人監視付きの自動運転が現実的な選択肢となります。技術の成熟とセキュリティ対策の進展により、段階的に自動化レベルを上げていくアプローチが推奨されます。
Q: 港湾システムのセキュリティ対策にはどのようなものがありますか?
A: 港湾システムの主要なセキュリティ対策には以下のようなものがあります。第一に、IT系(業務システム)とOT系(制御システム)のネットワーク分離により、業務系からの攻撃が制御系に及ばないようにします。第二に、ネットワークセグメンテーションで、港湾内の各システムを適切に区分けし、横展開を防ぎます。第三に、24時間体制のSOC(セキュリティ運用センター)による監視で、異常を早期に検知します。第四に、定期的な侵入テストで脆弱性を発見・修正します。第五に、システム停止時のバックアップ体制として、手動オペレーションの訓練を継続します。第六に、国際的な情報共有ネットワークに参加し、最新の脅威情報を入手します。特に重要なのは、完全自動化した港湾ほどサイバー攻撃の影響が大きいため、手動バックアップ能力を維持することです。
Q: 中小運送会社でも対策は必要ですか?
A: 中小運送会社であっても、サイバーセキュリティ対策は必須です。理由は、大手企業のサプライチェーンに組み込まれているため、中小企業への攻撃が大手企業への侵入経路として悪用されるためです。「小さいから狙われない」は危険な思い込みです。中小企業が最小限実施すべき対策としては、配送管理システムや顧客データの定期的なバックアップ、従業員へのセキュリティ教育(フィッシングメール識別など)、多要素認証の導入、サイバー保険への加入などがあります。これらの対策は、業界団体が提供する支援プログラムや、荷主企業の補助制度を活用することで、コストを抑えながら実施できます。また、クラウドベースのセキュリティサービスを利用すれば、大規模な初期投資なしに、一定レベルのセキュリティを確保できます。

まとめ

2025年の運輸・物流業界は、デジタル化がもたらす効率性と、サイバー脅威がもたらすリスクの両方に直面しています。港湾システムへの大規模攻撃、自動運転技術の脆弱性、GPS妨害による貨物強奪など、従来は想定されていなかった脅威が次々と現実化しています。

これらの脅威に対抗するため、国際機関による規制強化、各国政府のガイドライン策定、業界団体による情報共有体制の構築など、官民を挙げた取り組みが進められています。また、デジタルツイン、ゼロトラスト、量子暗号通信といった先進技術の導入により、よりレジリエントな物流網の構築が目指されています。

重要なのは、セキュリティを「コスト」ではなく「投資」として捉えることです。適切なセキュリティ対策は、インシデント発生時の損失を最小化するだけでなく、顧客や取引先からの信頼獲得にもつながります。

グローバル経済の血流である物流システムを守ることは、一企業の問題ではなく、社会全体の責任です。業界全体での継続的な取り組みが、レジリエントな物流網の実現につながります。


免責事項

【重要なお知らせ】

本記事は、2025年11月時点での一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。実際にサイバーインシデントが発生した場合は、警察(#9110)、サイバー犯罪相談窓口、またはIPAセキュリティセンターなどの公的機関にご相談ください。法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。記載内容は作成時点の情報であり、サイバー攻撃の手口は日々進化しています。最新の脅威情報については、L-ISACやTransSecureなどの情報共有プラットフォームをご活用ください。


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京都開発研究所

システム開発/サーバ構築・保守/技術研究

CMSの独自開発および各業務管理システム開発を行っており、 10年以上にわたり自社開発CMSにて作成してきた70,000以上のサイトを 自社で管理するサーバに保守管理する。