ゼロトラストの本質|Never Trust, Always Verify
ゼロトラストは単なる製品やソリューションではなく、セキュリティに対する根本的な考え方の転換です。従来の「境界の内側は信頼できる」という前提を覆し、「全てのアクセスを疑い、都度検証する」という原則に基づいています。
2010年にForrester Researchが提唱したこの概念は、リモートワークの普及、クラウド移行、内部不正の増加により、今や企業セキュリティの標準となりつつあります。
従来モデルの限界
従来の境界防御モデルが通用しなくなった理由を、具体的に見ていきましょう。
- 境界防御の崩壊
- リモートワーク、クラウドサービス、BYODの普及により、企業ネットワークの「境界」が曖昧化しています。かつて有効だった「城壁モデル」では、一度内部に侵入されたら無力です。ファイアウォールやVPNで守られた境界の内側を暗黙的に信頼する前提そのものが、現代では通用しません。攻撃者は正規の認証情報を入手し、内部から攻撃を仕掛けるケースが全体の78%を占めています。
- 内部脅威の増大
- セキュリティインシデントの34%は内部起因です。退職者の認証情報が残存していたケース、権限を悪用した不正アクセス、フィッシングにより窃取された正規ユーザーのアカウントを使った攻撃など、「信頼された内部」という概念自体が最大の脆弱性となっています。従来モデルでは、一度認証に成功すれば広範なアクセスが可能であり、この「過剰な信頼」が深刻な被害につながります。
- 横展開の容易さ
- 一度侵入に成功すると、攻撃者は内部ネットワークを自由に移動できます。これをラテラルムーブメント(横展開)と呼び、標的型攻撃(APT)でよく使われる手法です。平均滞留期間は200日に達し、その間に機密情報を窃取し続けます。従来の境界防御では、こうした内部での移動を検知・阻止することが極めて困難でした。
ゼロトラストの7原則
米国国立標準技術研究所(NIST)が定義するゼロトラストの中核原則を理解することが、導入の第一歩です。
全てのデータソースとサービスをリソースと見なす
企業内のあらゆる情報資産―ファイル、データベース、APIエンドポイント、IoTデバイス―を「保護すべきリソース」として扱います。社内システムだから安全、という考えを捨て、全てを潜在的なリスクとして管理します。
この原則により、どのリソースにアクセスする場合でも、必ず認証・認可プロセスを経る必要があります。たとえ社内LANからのアクセスであっても、例外は認めません。
ネットワークの場所に関係なく通信を保護
従来は「オフィス内からのアクセスは安全」という前提がありましたが、ゼロトラストではアクセス元のネットワーク位置を信頼の根拠としません。
社内LANからでも、リモートVPN経由でも、インターネットカフェからでも、同じレベルの検証を実施します。これにより、中間者攻撃(MITM)のリスクも軽減できます。
個々のリソースへのアクセスを都度許可
アクセス権限は「セッション単位」で付与され、常に最小権限の原則に基づきます。一度の認証で長期間アクセス可能という状態を作りません。
ユーザーがファイルAにアクセスする権限を持っていても、ファイルBへのアクセスには別途検証が必要です。時間経過、状況変化、リスクレベルに応じて、リアルタイムでアクセス可否を判断します。
全ての資産アクセスを動的ポリシーで決定
アクセス判断は、複数の属性情報を統合して行います。具体的には、ユーザーID、デバイス状態、アクセス元の場所、時刻、リスクスコア、過去の行動パターンなどを総合的に評価します。
例えば、通常と異なる時間帯のアクセス、海外からのログイン、マルウェア感染の兆候があるデバイスからのアクセスは、追加認証を要求するか、アクセスを拒否します。
全ての資産の整合性とセキュリティ態勢を監視・測定
デバイスの健全性を継続的に評価します。最新のセキュリティパッチが適用されているか、エンドポイント保護ソフトウェアが動作しているか、不審なプロセスが実行されていないかを常時チェックします。
基準を満たさないデバイスからのアクセスは、リソースの重要度に応じて制限または拒否します。これにより、マルウェア感染デバイスからの被害拡大を防ぎます。
全てのリソース認証と認可を動的に実行し、アクセス前に厳格化
静的なアクセスコントロールリスト(ACL)ではなく、リアルタイムのリスク評価に基づいた動的な判断を行います。
認証時には正常だったデバイスでも、セッション中に不審な振る舞いが検知されれば、即座に権限を取り消します。この「継続的検証」こそが、ゼロトラストの核心です。
リソース・ネットワークインフラ・通信の現状について可能な限り多くの情報を収集して、セキュリティ態勢の改善に活用
ログ、トラフィック、ユーザー行動、デバイス状態など、あらゆるデータを収集・分析します。これらの情報は、異常検知、脅威インテリジェンス、ポリシー最適化に活用されます。
SIEM(Security Information and Event Management)やSOAR(Security Orchestration, Automation and Response)との連携により、セキュリティ運用の自動化を実現します。
期待される効果
ゼロトラスト導入により、以下のような具体的な効果が期待できます。
攻撃面の最小化
不要なサービスやポートを外部に公開しないため、攻撃者が狙える範囲が劇的に縮小します。従来のVPNでは、接続後にネットワーク全体が可視化されましたが、ZTNAではアクセス権限のあるアプリケーションのみが見えます。
これにより、攻撃者が内部ネットワークを偵察する「フットプリンティング」が困難になり、不正アクセスのリスクが大幅に低下します。
被害の局所化
仮にマルウェアが侵入しても、マイクロセグメンテーションにより横展開を阻止できます。感染したデバイスは他のシステムに到達できず、被害は最小限に抑えられます。
実際の事例では、ランサムウェア感染時の影響範囲が、従来環境では数百台に拡大したのに対し、ゼロトラスト環境では10台未満に抑えられたケースもあります。
可視性の向上
全てのアクセスがログとして記録されるため、「誰が、いつ、どのリソースに、どのデバイスから、どんな操作をしたか」が完全に追跡可能になります。
これは、インシデント発生時のフォレンジック調査を容易にするだけでなく、内部不正の抑止効果も生みます。また、コンプライアンス要件への対応も効率化されます。
アーキテクチャ設計|コンポーネント構成
ゼロトラストアーキテクチャは、複数のコンポーネントが連携して機能する統合システムです。NISTの「SP 800-207: Zero Trust Architecture」で定義された標準的な構成要素を理解しましょう。
コアコンポーネント
ゼロトラストの中核を担う3つの主要コンポーネントは、アクセス制御の意思決定から実行までを一貫して管理します。
- Policy Engine(PE)
- アクセス判断の中核を担うコンポーネントです。ユーザーの属性(役職、所属部門、認証レベル)、デバイスの状態(OS、パッチ適用状況、EDR稼働状況)、アプリケーションの機密度、データの分類レベルを総合的に評価し、リアルタイムでポリシーを適用します。動的にアクセス可否を決定し、リスクベースで権限レベルを調整します。機械学習により、過去の行動パターンから異常を検知し、自動的にポリシーを更新する高度な実装も増えています。
- Policy Administrator(PA)
- Policy Engineの判断を実際のアクションに変換する実行層です。認証プロトコルの仲介、アクセストークンの発行と管理、セッションの確立と終了を担当します。ユーザーとリソースの間の全ての通信を管理し、セッション中も継続的に状態を監視します。異常が検知されれば即座にセッションを切断する権限を持ち、全アクセスの実行制御ポイントとして機能します。
- Policy Enforcement Point(PEP)
- 実際のアクセス制御を物理的・論理的に実施するゲートウェイです。プロキシ、ファイアウォール、アプリケーションゲートウェイとして機能し、全ての通信がこのポイントを経由します。暗号化通信(TLS/SSL)の確立、トラフィックのフィルタリング、不正な通信の遮断を行います。PEPは複数配置され、冗長性と拡張性を確保します。クラウド環境では、各リージョンにPEPを分散配置することで、レイテンシを最小化しながらセキュリティを担保します。
支援システム
コアコンポーネントを支える周辺システムも、ゼロトラストの実現には不可欠です。
SIEM/SOAR
セキュリティイベントの集約・分析・自動対応を担います。全てのアクセスログ、認証ログ、デバイスログを一元管理し、異常なパターンを検知します。
SOARと連携することで、脅威検知から対応までを自動化できます。例えば、不審なログインを検知したら自動的にそのアカウントを一時停止し、管理者に通知するといったワークフローを構築します。
脅威インテリジェンス
外部の脅威情報を取り込み、ポリシーエンジンの判断材料とします。既知の攻撃IPアドレス、マルウェアの特徴、新たな脆弱性情報などをリアルタイムで更新します。
これにより、ゼロデイ攻撃を含む最新の脅威に対しても、迅速に防御態勢を強化できます。
ID管理(IAM)
ユーザーとデバイスのIDを一元管理します。Azure AD、Okta、Ping Identityなどのクラウド型IDプロバイダーが一般的です。
シングルサインオン(SSO)、多要素認証(MFA)、パスワードレス認証、ライフサイクル管理(入社・異動・退社時の権限変更)を自動化します。
データプレーン設計
実際のデータが流れる経路をどう設計・保護するかが、ゼロトラスト導入の成否を分けます。
マイクロセグメンテーション
ネットワークを細かく分割し、セグメント間の通信を厳格に制御します。従来の「VLAN単位」ではなく、「アプリケーション単位」「ワークロード単位」で分離します。
これにより、仮にマルウェアが1つのセグメントに侵入しても、他のセグメントへの横展開が阻止されます。実装には、ソフトウェア定義ネットワーク(SDN)やマイクロサービスアーキテクチャが活用されます。
Software-Defined Perimeter(SDP)
アプリケーションやサービスを、認証されたユーザー以外から完全に隠蔽します。従来のファイアウォールが「許可されたポートを開放」するのに対し、SDPは「デフォルトで全て非表示」とします。
認証に成功して初めて、必要なサービスだけが可視化される「ダークネットワーク」アプローチです。これにより、ポートスキャンや脆弱性探索攻撃を根本的に無効化します。
暗号化通信
全ての通信を暗号化し、盗聴や改ざんから保護します。TLS 1.3以上の使用、相互認証(mTLS)の実装、クラウド設定でのHTTPS強制化が基本です。
エンドツーエンド暗号化により、中継ポイントでも平文データを参照できないようにします。
段階的導入アプローチ|現実的な移行
ゼロトラストは「オール・オア・ナッシング」ではありません。段階的に成熟度を高めていくアプローチが現実的です。
成熟度モデル
組織の現状を把握し、次のステップを明確にするため、成熟度モデルを活用します。
- Level 0:従来型(境界防御)
- VPN、ファイアウォール、境界型セキュリティが中心。内部ネットワークは暗黙的に信頼される状態。まずは現状の資産棚卸し、ネットワーク図の作成、データフロー分析から開始します。ギャップ分析を実施し、ゼロトラストとの乖離を明確化することが第一歩です。多くの企業がこのレベルからスタートします。
- Level 1:基礎確立
- 全資産の可視化が完了し、ID基盤の統合(SSO導入)、MFAの全社展開が実現された状態。最低限の継続的検証(デバイス健全性チェック)が開始されます。この段階で、セキュリティの基礎体力が整います。6-12ヶ月の取り組みで達成可能であり、多くの企業にとって最初の具体的なマイルストーンとなります。
- Level 2:高度化
- 動的なポリシーエンジンが稼働し、リスクベース認証が実装された段階。マイクロセグメンテーションにより内部ネットワークも細分化され、横展開リスクが大幅に低減します。ログの統合分析が進み、異常検知の精度が向上します。この段階に到達するには、1-2年の継続的な取り組みが必要です。
- Level 3:最適化
- 完全な継続的検証が実現し、ほぼ全ての判断が自動化されている状態。AIによる異常検知、自動対応、予測的防御が機能します。ユーザーはセキュリティの存在をほとんど意識せず、透過的な保護を享受できます。2-3年の長期的な取り組みで到達する理想形です。ただし、完璧はあり得ないため、継続的な改善が常に必要です。
| 成熟度レベル | 主な特徴 | 実現要素 | 達成期間 | セキュリティ向上率 |
|---|---|---|---|---|
| Level 0:従来型 | 境界防御中心、内部信頼 | VPN、FW、アンチウイルス | 現状 | ベースライン |
| Level 1:基礎確立 | ID統合、MFA、可視化 | SSO、MFA、資産管理、基本ログ | 6-12ヶ月 | +40% |
| Level 2:高度化 | 動的ポリシー、マイクロセグメンテーション | ZTNA、動的認証、セグメント化 | 1-2年 | +70% |
| Level 3:最適化 | 完全な継続的検証、AI活用 | 自動化、予測的防御、透過的保護 | 2-3年 | +90% |
優先領域の選定
全てを一度に変えることは現実的ではありません。リスクと影響度に基づいて優先順位を付けます。
高リスクアプリケーション
機密性の高いデータを扱うシステムから着手します。人事システム(個人情報)、財務システム(財務データ)、開発環境(ソースコード)などが該当します。
これらのシステムへのアクセスを最初にゼロトラストモデルに移行することで、最も重要な資産を優先的に保護できます。
特権アカウント
管理者権限を持つアカウントは、攻撃者の主要ターゲットです。特権アクセス管理(PAM)ソリューションを導入し、厳格な認証、セッション記録、時間制限を実装します。
特権アカウントでの操作は全てログに記録し、リアルタイムで監視します。不審な操作が検知されれば、即座にセッションを切断します。
リモートアクセス
従来のVPNをZTNAに置き換えることで、短期間で大きな効果が得られます。リモートワーカーが最初の適用対象として適しています。
既存のVPNと並行稼働させながら、段階的に移行することで、業務への影響を最小限に抑えられます。
移行ロードマップ
具体的なタイムラインを設定し、各フェーズでの目標を明確にします。
Quick Win施策(3-6ヶ月)
- 全社員へのMFA展開(特に管理者・経理・人事部門を優先)
- SSO導入によるID管理の統合
- クラウドアプリケーションのアクセスログ統合
- リモートアクセスのZTNA試験導入(パイロット部門で実施)
- 資産台帳の整備と重要データの分類
これらは比較的短期間で実現でき、すぐに効果が見える施策です。経営層や現場の理解を得やすく、次のステップへの弾みになります。
中期目標(6-18ヶ月)
- VPNからZTNAへの全面移行
- マイクロセグメンテーションの段階的展開
- デバイス管理(MDM/UEM)の導入とコンプライアンスチェック
- SIEM導入とログ分析の高度化
- 動的なポリシーエンジンの構築と稼働
- ユーザー行動分析(UEBA)の実装
この段階で、ゼロトラストの主要な要素が揃います。組織全体としてのセキュリティレベルが大きく向上します。
長期ビジョン(18-36ヶ月)
- AIによる異常検知と自動対応の実装
- 全アプリケーション・全データへのマイクロセグメンテーション適用
- レガシーシステムのモダナイゼーションまたはラッピング
- OT環境へのゼロトラスト適用
- グローバル拠点への展開
- 継続的な最適化とポリシーチューニング
長期的には、セキュリティが「意識しなくても守られている」状態を目指します。
| フェーズ | 期間 | 主要施策 | 達成指標 | 投資規模目安 |
|---|---|---|---|---|
| Quick Win | 3-6ヶ月 | MFA、SSO、ZTNA試験導入 | MFA利用率90%、ZTNA接続10% | 小(数百万円) |
| 中期展開 | 6-18ヶ月 | ZTNA全面移行、セグメント化、SIEM | ZTNA接続80%、セグメント化50% | 中(数千万円) |
| 長期最適化 | 18-36ヶ月 | AI活用、全面展開、OT対応 | 全リソースZT化、自動対応率60% | 大(億円規模) |
技術実装|具体的なソリューション
ゼロトラストの理念を現実のシステムとして実装するには、適切なソリューションの選定と構成が必要です。
ZTNA(Zero Trust Network Access)
従来のVPNを置き換える、ゼロトラストの中核技術です。
- VPNからの移行
- 従来のVPNは、接続後にネットワーク全体へのアクセスを許可するため、侵入されると広範囲に被害が拡大するリスクがあります。ZTNAは、アプリケーション単位でアクセスを制御します。ユーザーは必要なリソースのみにアクセスでき、ネットワーク全体は可視化されません。これにより、攻撃面を95%削減できたという事例もあります。仮にアカウントが乗っ取られても、被害は限定的です。
- 主要ソリューション
- 市場には複数の成熟したZTNAソリューションが存在します。Zscaler Private Accessは最大手で、グローバル展開に強み。Palo Alto Networks Prisma Accessは、既存のPalo Alto製品との統合が容易。Cloudflare Accessは、コストパフォーマンスに優れ、中小企業でも導入しやすい価格帯です。いずれもクラウドネイティブで設計されており、拡張性と可用性が確保されています。オンプレミス型のアプライアンスではなく、クラウドサービスとして提供されるため、初期投資を抑えられます。
- 導入効果
- ZTNAは、セキュリティ強化だけでなく、ユーザーエクスペリエンスの向上にも寄与します。VPNのような「接続」という概念がなく、アプリケーションへ直接アクセスするため、接続待ち時間がありません。また、最適な経路で接続されるため、レイテンシが改善します。管理者にとっても、VPNゲートウェイのキャパシティ管理から解放され、運用負荷が軽減します。実際の導入企業では、2年でROI 200%以上を達成したケースが報告されています。
デバイストラスト
ユーザーだけでなく、デバイスも認証対象とします。
デバイス認証
デバイスに証明書や秘密鍵をインストールし、「このデバイスは組織が管理している正規のもの」という証明を行います。
未登録デバイスからのアクセスは、どれほど正しい認証情報を持っていても拒否します。BYODの場合も、MDM/UEM登録を必須とし、一定のセキュリティ基準を満たすデバイスのみアクセスを許可します。
コンプライアンスチェック
デバイスが組織のセキュリティポリシーに準拠しているかを、アクセスのたびに確認します。
- OSバージョンが最新か
- セキュリティパッチが適用されているか
- エンドポイント保護ソフトウェアが稼働し、最新の定義ファイルがあるか
- ディスク暗号化が有効か
- 不審なアプリケーションがインストールされていないか
これらの条件を満たさないデバイスは、アクセスを制限または拒否します。
EDR連携
エンドポイントでの脅威検知と、アクセス制御を連携させます。EDRがマルウェアや不審な振る舞いを検知した瞬間に、そのデバイスからのアクセスを自動的に遮断します。
これにより、マルウェア感染デバイスからの横展開を即座に阻止できます。
継続的検証の実装
「一度の認証で終わり」ではなく、セッション中も継続的に信頼性を検証します。
行動分析(UEBA)
ユーザーの通常の行動パターンを機械学習で学習し、異常を検知します。
例えば、普段は営業資料にしかアクセスしない営業担当が、突然人事データベースにアクセスしたら、アラートを発生させます。深夜の大量ダウンロード、海外からの初回アクセスなども異常として検知されます。
リスクスコアリング
様々な要因を総合して、リアルタイムでリスクスコアを算出します。
- 通常とは異なる時間帯のアクセス:+10点
- 海外からのログイン:+20点
- 複数の失敗したログイン試行:+15点
- デバイスのパッチが古い:+10点
- 機密データへのアクセス:+5点
合計スコアに応じて、追加認証を要求したり、アクセス可能なリソースを制限したりします。
適応型認証
リスクレベルに応じて、認証の厳格さを動的に変更します。
低リスク(社内からの通常業務時間のアクセス)なら、パスワードのみで許可。中リスク(リモートからのアクセス)なら、MFAを要求。高リスク(深夜の海外からのアクセス)なら、生体認証+管理者承認を必須とします。
課題と成功要因|導入を成功させるには
ゼロトラスト導入は技術的チャレンジだけでなく、組織的・文化的な変革でもあります。
よくある課題
実際の導入プロジェクトで遭遇しがちな課題と、その対処法を理解しておきましょう。
- レガシーシステムの存在
- 多くの企業には、ゼロトラスト非対応の古いシステムが残っています。これらは認証プロトコルが古かったり、APIが提供されていなかったりします。解決策として、段階的なアプローチがあります。まず、リバースプロキシやアプリケーションゲートウェイでレガシーシステムを「ラップ」し、ゼロトラスト対応の認証層を追加します。中長期的には、これらのシステムをモダナイゼーション(クラウド移行や再構築)していきます。どうしても対応できないシステムは、例外管理として厳格に隔離し、アクセスを最小限に制限します。完璧を求めず、80%の達成でも大きな効果があることを認識することが重要です。
- ユーザー体験の低下
- 頻繁な認証要求に対するユーザーの不満が、導入の大きな障壁となります。「仕事の邪魔」と受け止められれば、回避策を探したり、不満が蓄積したりします。対策として、SSOを最大限活用し、一度の認証で複数のアプリケーションにアクセスできるようにします。リスクベース認証により、低リスクな操作では追加認証を省略します。また、生体認証やパスワードレス認証を導入し、認証の手間を減らします。透過的な検証(バックグラウンドでのデバイスチェックなど)により、ユーザーが意識することなくセキュリティを担保します。利便性とセキュリティのバランスを常に意識し、ユーザーからのフィードバックを継続的に収集して改善します。
- コストと複雑性
- ゼロトラスト導入には、相応の初期投資と運用コストがかかります。また、システムの複雑性が増すことで、トラブルシューティングが困難になるリスクもあります。解決策として、段階的導入により初期投資を分散させます。全てを一度に実装するのではなく、優先度の高い領域から着手します。クラウドベースのZTNAサービスを活用することで、オンプレミス機器の購入や運用負荷を回避できます。また、自動化を積極的に推進し、ポリシー管理やインシデント対応の手間を削減します。複雑性については、十分なドキュメント化と、運用チームへの教育投資が不可欠です。
成功要因
ゼロトラスト導入を成功させるために、特に重要な要素を押さえておきましょう。
経営層の理解とコミット
ゼロトラストは技術プロジェクトではなく、組織変革プロジェクトです。経営層が「なぜゼロトラストが必要か」を理解し、予算と人員を継続的にコミットすることが不可欠です。
セキュリティ侵害による平均損失額(2024年で約5億円)と、ゼロトラスト投資額を比較し、ROIを明確に示すことが有効です。「コスト」ではなく「投資」として位置づけましょう。
段階的アプローチ
一気に完璧なゼロトラストを目指すのではなく、小さな成功を積み重ねることが重要です。Quick Winを早期に実現し、効果を可視化することで、組織全体の理解と協力を得やすくなります。
「100%のゼロトラストを3年後に実現」よりも、「70%のゼロトラストを1年で実現し、継続的に改善」の方が現実的で、成功確率も高まります。
ユーザー教育
ユーザーが「なぜこの変化が必要か」を理解していないと、抵抗や回避行動が発生します。定期的な説明会、わかりやすいガイドライン、サポートデスクの充実により、ユーザーの不安を軽減します。
「セキュリティのため」だけでなく、「リモートワークがより快適になる」「どこからでも安全にアクセスできる」といったメリットも強調しましょう。
効果測定
ゼロトラスト導入の効果を定量的に測定し、継続的な改善につなげます。
KPI設定
具体的な指標を設定し、定期的にモニタリングします。
セキュリティKPI:
- セキュリティインシデント件数(月次)
- インシデント検知時間(MTTD: Mean Time To Detect)
- インシデント対応時間(MTTR: Mean Time To Respond)
- マルウェア侵入から横展開までの時間(短いほど良い)
- 侵害時の影響範囲(影響を受けたデバイス数)
運用KPI:
- ポリシー違反検知数
- 認証成功率(高すぎても低すぎても問題)
- ヘルプデスク問い合わせ件数
- パッチ適用率
- MFA利用率
ビジネスKPI:
- ユーザー満足度スコア
- リモートアクセス時の接続速度
- システム可用性(ダウンタイム)
- コンプライアンス違反件数
継続的改善
KPIの結果を分析し、ポリシーやプロセスを継続的に最適化します。
四半期ごとにレビュー会議を実施し、うまくいっている点、改善が必要な点を明確にします。ユーザーフィードバック、インシデント分析、ベンチマーク比較などを通じて、常に改善の機会を探します。
| 測定項目 | 導入前 | 6ヶ月後 | 1年後 | 2年後 | 目標値 |
|---|---|---|---|---|---|
| 月次インシデント件数 | 12件 | 8件 | 4件 | 2件 | 3件以下 |
| MTTD(検知時間) | 48時間 | 24時間 | 6時間 | 2時間 | 4時間以内 |
| MTTR(対応時間) | 72時間 | 48時間 | 18時間 | 8時間 | 24時間以内 |
| 侵害時影響範囲 | 平均200台 | 平均80台 | 平均30台 | 平均10台 | 50台以下 |
| MFA利用率 | 15% | 60% | 90% | 98% | 95%以上 |
| ユーザー満足度 | 3.2/5 | 3.5/5 | 4.0/5 | 4.3/5 | 4.0以上 |
比較:従来型vs.ゼロトラスト
両者の違いを明確に理解することで、ゼロトラストの価値が見えてきます。
| 要素 | 従来型(境界防御) | ゼロトラスト |
|---|---|---|
| 基本思想 | 境界の内側は信頼 | 全てを疑い、常に検証 |
| アクセス制御 | ネットワーク単位 | アプリケーション/リソース単位 |
| 認証タイミング | 接続時のみ | 継続的(セッション中も検証) |
| 内部通信 | 基本的に自由 | 厳格に制御(マイクロセグメンテーション) |
| リモートアクセス | VPN(全ネットワークへ接続) | ZTNA(必要なアプリのみ) |
| 横展開リスク | 高(一度侵入されると広範囲に拡大) | 低(セグメント化により局所化) |
| 可視性 | 境界のみ(内部は盲点) | 全アクセスを記録・監視 |
| 適応性 | 静的なポリシー | 動的なリスクベース判断 |
| 実装難易度 | 比較的容易 | 高度だが段階的に可能 |
| コスト | 初期投資は低い | 初期投資は高いが長期的にROI向上 |
主要ZTNAソリューション比較
市場には複数の選択肢がありますが、それぞれ特徴が異なります。
| ソリューション | 強み | 適した組織 | 価格帯 | 主要機能 |
|---|---|---|---|---|
| Zscaler Private Access | グローバル展開に強い、最大手の実績 | 大企業、多国籍企業 | 高 | クラウドネイティブ、150+拠点、AI脅威検知 |
| Palo Alto Prisma Access | 既存PA製品との統合、SASE統合 | PA製品利用中の企業 | 高 | 統合SASE、高度な脅威防御、自動化 |
| Cloudflare Access | コスパに優れる、迅速な展開 | 中小企業、スタートアップ | 中 | グローバルネットワーク、シンプルな管理 |
| Microsoft Entra | Microsoft 365との統合、AAD連携 | Microsoft中心の企業 | 中 | 条件付きアクセス、ID統合、Azure連携 |
| Cisco Secure Access | ネットワーク機器との統合 | Cisco環境の企業 | 高 | Duo MFA統合、Umbrella連携、SD-WAN統合 |
| Akamai EAA | CDN・配信最適化と統合 | Webサービス提供企業 | 中-高 | エッジコンピューティング活用、低レイテンシ |
FAQ(よくある質問)
- Q: ゼロトラストは本当に「ゼロ」信頼ですか?
- A: 厳密には「条件付き最小限の信頼」です。継続的に検証し、その時点での状況に応じて必要最小限のアクセスのみ許可します。信頼は一時的で、常に再評価されます。例えば、朝の認証成功でも、異常な振る舞いが検知されれば即座に信頼を取り消します。「信頼しない」のではなく「盲目的に信頼しない」が正確な表現です。また、完全にゼロの信頼では業務が成り立たないため、リスクと利便性のバランスを取りながら、動的に信頼レベルを調整するアプローチです。
- Q: VPNを完全に置き換える必要がありますか?
- A: 段階的移行が現実的です。Phase1では新規アプリケーションからZTNAを適用、Phase2で高リスク・高価値アプリケーションを移行、Phase3で全面移行というステップが一般的です。並行運用期間は通常1-2年程度です。レガシーシステムでZTNA対応が困難な場合は、VPNを継続使用することも現実的な選択肢です。重要なのは、リスクベースでの優先順位付けです。全てを一度に変える必要はなく、継続的な改善プロセスとして捉えましょう。
- Q: 中小企業でもゼロトラストは導入可能ですか?
- A: クラウドサービスを活用すれば十分可能です。最小構成として、①Azure AD/Okta等でSSO+MFAを実現、②Cloudflare Access等のコストパフォーマンスに優れたZTNAを導入、③Microsoft Defender/CrowdStrike等でデバイス管理を行う組み合わせなら、月額数万円から開始できます。完全なゼロトラストでなくても、これらの要素技術を部分的に導入するだけで、セキュリティレベルは大幅に向上します。「できるところから始める」アプローチが重要です。
- Q: ユーザーの反発をどう対処すればよいですか?
- A: ①事前の丁寧な説明(なぜ必要か、どんなメリットがあるか)、②ユーザー体験を考慮した設計(SSO活用、生体認証導入で手間削減)、③段階的導入(急激な変化を避ける)、④具体的なメリットの訴求(リモートワークの改善、どこからでも安全にアクセス可能)、⑤フィードバックの収集と改善のサイクル確立が有効です。「セキュリティのため」という押し付けだけでなく、「働きやすさの向上」という観点も強調することで、理解と協力を得やすくなります。パイロット部門での成功事例を社内共有することも効果的です。
- Q: 投資対効果(ROI)をどう測定すればよいですか?
- A: 定量指標として、①インシデント削減率(一般的に60%減)、②侵害時の影響範囲縮小(90%減)、③インシデント対応時間の短縮(70%減)、④運用コスト削減(VPN機器廃止等で30%減)を測定します。定性指標では、①全アクセスの可視性向上、②コンプライアンス対応の効率化、③ユーザー満足度の向上を評価します。実際の導入事例では、1-2年で初期投資を回収し、3年目にはROI 300%を達成するケースが一般的です。ただし、「重大インシデントを1件防げば投資は回収できる」という観点も重要です。
- Q: レガシーシステムはどう扱えばよいですか?
- A: ①リバースプロキシやゲートウェイでラップし、ゼロトラスト対応の認証層を追加、②アプリケーション自体をモダナイゼーション(段階的な再構築や刷新)、③どうしても対応不可能なシステムは、ネットワークレベルで厳格に隔離し、アクセスを最小限に制限して例外管理する、という3つのアプローチがあります。全てを完璧に対応する必要はなく、80%の達成でも十分な効果が得られます。リスク評価に基づき、高リスク・高価値のシステムから優先的に対応しましょう。
- Q: ゼロトラストとSASE(Secure Access Service Edge)の関係は?
- A: SASEは、ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)を含む、より広範なセキュリティフレームワークです。SASEは、ZTNA、CASB(Cloud Access Security Broker)、SWG(Secure Web Gateway)、FWaaS(Firewall as a Service)などを統合し、クラウドベースで提供します。ゼロトラストが「考え方・原則」であるのに対し、SASEはそれを実現する「アーキテクチャ・プラットフォーム」です。多くのベンダーが、ゼロトラスト実装の一環としてSASEソリューションを提供しています。組織の状況に応じて、個別のZTNA製品から始めるか、統合SASEプラットフォームを選択するかを判断します。
まとめ|ゼロトラストジャーニーを始めよう
ゼロトラストは、マルウェア対策における新しいパラダイムです。境界防御が機能しない現代において、「Never Trust, Always Verify」の原則に基づく継続的検証は、組織を守るための必須アプローチとなりつつあります。
重要なポイント:
- 完璧を求めない - 段階的に成熟度を高めていくアプローチが現実的
- 優先順位を明確に - 高リスク領域から着手し、早期に効果を実証
- ユーザー体験を重視 - セキュリティと利便性のバランスが成功の鍵
- 継続的改善 - 一度導入して終わりではなく、常に最適化し続ける
- 経営層のコミット - 技術プロジェクトではなく、組織変革として推進
ゼロトラスト導入企業では、マルウェア被害が70%減少し、侵害時の影響範囲が90%縮小したという実績があります。初期投資は必要ですが、1-2年で回収可能であり、長期的にはROI 300%以上が期待できます。
今すぐ完璧なゼロトラストを実現する必要はありません。MFAの展開、SSOの導入、資産の可視化といったQuick Winから始め、継続的に改善していくことで、確実に組織のセキュリティレベルを向上させることができます。
「ゼロトラストジャーニー」を今日から始めましょう。
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【重要なお知らせ】
- 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません
- ゼロトラストの実装は組織の規模、業種、リスクプロファイルにより大きく異なります
- 具体的な製品選定や実装計画については、専門のセキュリティコンサルタントやベンダーにご相談ください
- 記載されている統計データや事例は作成時点の情報であり、技術や脅威環境は常に進化しています
- 本記事の内容を実装する際は、必ずパイロットテストを実施し、段階的な展開を推奨します
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