取引先要件に対応するサプライチェーン攻撃対策|回答例文と準備を解説

「取引先からセキュリティに関する質問票が届いた」「セキュリティ対策を証明する書類を求められた」——大企業との取引がある中小企業では、このような要件に対応を迫られることが増えています。適切に対応できなければ、取引継続が危うくなる可能性もあります。この記事では、大企業からの取引先要件に対応するためのサプライチェーン攻撃対策を詳しく解説します。セキュリティ質問票への回答例文、事前準備のポイント、「対策していない」場合の回答方法まで、中小企業の視点で紹介します。

大企業からの取引先要件とは

近年、大企業との取引がある中小企業に対して、セキュリティ対策の状況確認や要件への適合を求める動きが広がっています。これは、サプライチェーン攻撃のリスクが高まる中、大企業が自社だけでなく取引先を含めたサプライチェーン全体のセキュリティを強化しようとしているためです。

なぜ大企業は取引先に要件を求めるのか
サプライチェーン攻撃では、セキュリティの弱い取引先が「踏み台」となって大企業が被害を受けるケースが増えています。2022年のトヨタ・小島プレス事件のように、1社の被害がサプライチェーン全体に波及するリスクがあるため、大企業は取引先のセキュリティ状況を把握し、一定の水準を求めるようになっています。

取引先管理の詳細はサプライチェーン攻撃対策の取引先管理|評価・契約・監査・TPRMで解説しています。本記事では、要件を求められる側(中小企業)の視点で対応方法を紹介します。

典型的な取引先要件

大企業から求められる取引先要件には、以下のようなものがあります。

要件の種類 具体的な内容 対応の難易度
セキュリティ質問票への回答 自社のセキュリティ対策状況を質問票形式で報告 低〜中
対策状況の報告書提出 セキュリティポリシーや対策実施状況の文書提出
セキュリティ認証の取得 ISMS、Pマーク等の第三者認証の取得
監査の受け入れ 取引先からのセキュリティ監査への対応 中〜高
契約条項の追加 セキュリティに関する契約条項への同意

要件に対応しないとどうなるか

取引先要件に適切に対応できなければ、取引継続に影響する可能性があります。

  • 新規取引の開始が認められない
  • 既存取引の縮小・打ち切りを検討される
  • 取引条件が不利になる(発注量の減少等)
  • 入札・コンペで不利な評価を受ける

一方で、すべての要件を完璧に満たす必要はありません。重要なのは、現状を正直に報告し、改善に向けた姿勢を示すことです。


セキュリティ質問票の典型的な質問

セキュリティ質問票は、取引先のセキュリティ対策状況を確認するためのアンケート形式の文書です。質問票の詳細はサプライチェーン攻撃対策のセキュリティ質問票|作成・運用・評価方法で解説しています。ここでは、中小企業がよく受ける質問項目を紹介します。

カテゴリ 典型的な質問 回答のポイント
組織体制 情報セキュリティ責任者を設置していますか? 兼務でも可。役職と氏名を明記
組織体制 セキュリティポリシーを策定していますか? 簡易版でも可。策定日を明記
技術対策 ウイルス対策ソフトを導入していますか? 製品名と更新状況を明記
技術対策 ファイアウォールを導入していますか? ルーターの機能でも可
運用管理 OSやソフトウェアのアップデートを行っていますか? 頻度と方法を明記
運用管理 バックアップを取得していますか? 頻度・方法・保管場所を明記
インシデント対応 インシデント発生時の連絡体制はありますか? 連絡先と責任者を明記
認証・規格 ISMS、Pマーク等の認証を取得していますか? 取得していない場合は今後の予定を記載

質問票は企業によって異なりますが、上記のような項目が共通して含まれることが多いです。事前にこれらの項目について自社の状況を整理しておくと、回答がスムーズになります。


質問票への回答例文

質問票への回答は、具体的かつ正直に記載することが重要です。曖昧な回答や事実と異なる回答は、後々問題になる可能性があります。

Q: 情報セキュリティ責任者を設置していますか?
回答例(設置している場合)
「設置しています。代表取締役の○○が情報セキュリティ責任者を兼務しています。セキュリティに関する意思決定および対外的な窓口として機能しています。」

回答例(設置していない場合)
「現時点では専任の責任者は設置していませんが、代表取締役がセキュリティに関する意思決定を行っています。○月を目途に、情報セキュリティ責任者を正式に指名する予定です。」
Q: ウイルス対策ソフトを導入していますか?
回答例
「導入しています。すべての業務用パソコン(10台)にMicrosoft Defender(Windows標準搭載)を導入し、リアルタイム保護を有効にしています。定義ファイルはWindows Updateにより自動更新されています。」

NGな回答
「導入しています。」(具体性がない)
「たぶん入っていると思います。」(曖昧)
Q: OSやソフトウェアのパッチ管理を行っていますか?
回答例
「行っています。Windows Updateの自動更新を有効にし、セキュリティ更新プログラムが公開され次第、自動的に適用される設定としています。業務ソフト(Microsoft Office等)についても、毎月第1月曜日に手動で更新状況を確認しています。」
Q: バックアップを取得していますか?
回答例
「取得しています。重要データは週1回、外付けHDD(2TB)にバックアップを取得しています。また、主要な文書ファイルはGoogle Drive(有料プラン)に自動同期し、クラウドにも保管しています。年1回、バックアップからの復元テストを実施しています。」
Q: インシデント発生時の連絡体制はありますか?
回答例
「整備しています。セキュリティインシデント発生時は、まず情報セキュリティ責任者(代表取締役○○、電話:XXX-XXXX-XXXX)に報告し、必要に応じて取引先様および警察・IPA等の公的機関に連絡する体制としています。連絡先一覧を社内に掲示し、全従業員に周知しています。」
良い回答のポイント 避けるべき回答
具体的な製品名・方法を記載 「導入しています」のみ
数値や頻度を明記 「定期的に」「適宜」等の曖昧な表現
担当者名・連絡先を記載 「担当者がいます」のみ
実施日・更新日を記載 「最新の状態です」のみ
対策していない場合は正直に記載 事実と異なる回答

「対策していない」場合の回答方法

すべての対策が完璧に整っている企業は少数派です。対策していない項目がある場合、正直に回答し、改善計画を示すことが重要です。

正直に回答することの重要性

嘘をつくリスク
質問票に事実と異なる回答をすると、後に監査や実地確認で発覚するリスクがあります。発覚した場合、信用を大きく失い、取引停止につながる可能性があります。また、インシデント発生時に虚偽申告が判明すると、損害賠償請求のリスクも高まります。最初から正直に回答することが、長期的な信頼関係構築につながります。

改善計画を示す方法

対策していない項目については、以下のような形式で回答することをお勧めします。

回答フォーマット
「現時点では○○を実施していませんが、○○年○月までに対応を完了する予定です。具体的には、○○を導入し、○○の体制を整備します。」

具体例

Q: ISMSを取得していますか?
「現時点では取得していません。まずは2025年度中にIPAの『SECURITY ACTION』二つ星を宣言し、基本的なセキュリティ体制を整備します。ISMS取得については、体制が整い次第(目標:2026年度)検討を進める予定です。」
Q: 専用のセキュリティ監視体制はありますか?
「現時点では24時間監視体制は整備していません。2025年下期を目途に、IPAが認定する『サイバーセキュリティお助け隊サービス』の導入を検討しています。それまでの間は、日次でセキュリティログを確認する運用としています。」

部分的に対策している場合の回答方法

完全ではないが一部対策している場合は、実施済みの部分と未実施の部分を明確に区分して回答します。

Q: 多要素認証(MFA)を導入していますか?
「一部導入しています。クラウドサービス(Google Workspace、会計ソフト)へのログインにはMFA(Google Authenticator)を設定済みです。社内ネットワークへのログインについては現時点で未対応ですが、2025年度中の導入を検討しています。」

要件を満たすための事前準備

質問票への回答を求められてから慌てて対策を始めるのではなく、事前に準備を整えておくことで、スムーズに対応できます。

最低限整えておくべき対策

中小企業のサプライチェーン攻撃対策|最低限やるべきことと優先順位で解説した対策を実施しておくことで、質問票の多くの項目に対応できます。

  • パスワード・アカウント管理:強固なパスワード、MFA導入、退職者アカウント管理
  • ウイルス対策:Windows Defenderの有効化、定義ファイルの自動更新
  • OSアップデート:自動更新の有効化、定期的な確認
  • バックアップ:定期的な取得、復元テスト
  • 社員教育:不審メールへの対応、報告体制の周知

書類・エビデンスの準備

質問票への回答を裏付ける書類を事前に準備しておくと、信頼性が高まります。

セキュリティポリシー(簡易版でも可)
自社のセキュリティ方針を文書化したものです。IPAのガイドラインに付属のひな形を活用すれば、簡易版を作成できます。1〜2ページ程度の簡易版でも、「策定している」と回答できます。
対策実施記録
Windows Updateの実施日、バックアップの取得日、社員教育の実施日などを記録しておきます。エクセルで簡単な管理表を作成するだけでも、エビデンスとして有効です。
インシデント対応手順書
セキュリティインシデントが発生した場合の対応手順を文書化したものです。連絡先一覧、初動対応の手順、報告フローなどを1〜2ページにまとめておきましょう。

セキュリティ認証の検討

ISMS(ISO 27001)
情報セキュリティマネジメントシステムの国際規格です。取得には審査費用(数十万円〜)と維持費用がかかり、体制構築にも時間を要します。大企業との大型取引がある場合や、セキュリティを競争力としたい場合に検討します。
Pマーク(プライバシーマーク)
個人情報保護に関する認証です。個人情報を多く取り扱う業種(小売、サービス等)で求められることがあります。ISMSと同様、取得・維持には費用と労力がかかります。
SECURITY ACTION
IPAが提供する、中小企業向けのセキュリティ自己宣言制度です。認証ではなく「宣言」ですが、**無料で取得でき、セキュリティ対策に取り組む姿勢を示す**ことができます。まずはこれから始めることをお勧めします。

SECURITY ACTIONは、中小企業自らが情報セキュリティ対策に取り組むことを自己宣言する制度です。ロゴマークを名刺やウェブサイトに表示することで、取引先に対して取り組み姿勢を示すことができます。

— IPA「SECURITY ACTION」制度概要より

自工会・部工会のチェックシート対応

自動車業界では、自工会(日本自動車工業会)・部工会(日本自動車部品工業会)が策定したセキュリティガイドラインに基づく対応が求められることがあります。

自工会・部工会セキュリティガイドラインとは
自動車業界のサプライチェーン全体でセキュリティ水準を向上させるために策定されたガイドラインです。チェックシート形式で、自社のセキュリティ対策状況を自己点検できます。自動車メーカーやTier1サプライヤーとの取引がある企業は、このガイドラインへの準拠を求められることがあります。

チェック項目への対応方法

チェックシートには、レベル1(最低限)からレベル3(高度)まで段階的な要件が設定されています。

レベル 対象 主な要件
レベル1 すべての取引先 基本的なセキュリティ対策の実施
レベル2 重要情報を扱う取引先 より高度な技術対策・管理体制
レベル3 極めて重要な情報を扱う取引先 ISMS相当の体制構築

まずはレベル1の要件を満たすことを目標にしましょう。レベル1の多くは、本記事で紹介した基本対策(パスワード管理、OSアップデート、バックアップ等)で対応できます。


要件対応を取引拡大のチャンスに

取引先からのセキュリティ要件を「面倒な義務」と捉えるのではなく、事業拡大のチャンスとして前向きに捉えることをお勧めします。

競合他社との差別化
セキュリティ対策をしっかり整備している企業は、取引先からの信頼を得やすくなります。同業他社が対策に消極的な中で、自社が積極的に対応していれば、選ばれる可能性が高まります。
新規取引の開拓
セキュリティ対策が整備されていることは、新規取引先の開拓にも有利に働きます。特に大企業との取引では、セキュリティ要件を満たしていることが入口となるケースが増えています。
自社の守りにもなる
取引先要件への対応は、同時に自社を守ることにもなります。ランサムウェア情報漏洩の被害を防ぐことで、事業継続性が高まります。
視点の転換 消極的な捉え方 積極的な捉え方
質問票への回答 面倒な作業 自社の現状を把握する機会
対策の実施 コストがかかる 競争力強化への投資
認証の取得 維持費がかかる 信頼性の証明
監査の受け入れ プレッシャー 改善点を発見する機会

関連する攻撃手法

取引先要件で対策が求められる攻撃手法について理解しておきましょう。これらの攻撃への対策が整備されていることが、質問票への回答で求められます。

攻撃手法 概要 質問票での関連項目
サプライチェーン攻撃 取引先経由での侵入・被害拡大 取引先管理、アクセス制御
ランサムウェア データ暗号化と身代金要求 バックアップ、マルウェア対策
フィッシング詐欺 偽サイトで認証情報を窃取 MFA導入、社員教育
情報漏洩 機密情報や個人情報の流出 アクセス管理、暗号化
不正アクセス 認証を突破してシステムに侵入 パスワード管理、MFA
マルウェア感染 悪意あるソフトウェアの感染 ウイルス対策、OSアップデート
内部不正 従業員による情報持ち出し等 アクセス権限管理、ログ管理

質問票の各項目は、これらの攻撃への対策状況を確認するためのものです。攻撃の仕組みを理解しておくと、なぜその対策が求められるのかが分かり、より適切な回答ができます。


よくある質問

Q: 質問票に正直に「対策していない」と回答しても大丈夫ですか?
A: 正直に回答することをお勧めします。虚偽の回答は後に発覚するリスクがあり、信頼を大きく損なう可能性があります。対策していない項目は正直に記載し、「○月までに対応予定」といった改善計画を示すことが重要です。多くの取引先は、現状の完璧さよりも、改善に向けた姿勢を評価してくれます。
Q: セキュリティ認証がないと取引できませんか?
A: ISMS等の認証がなくても取引できるケースが多いです。認証は「あれば望ましい」という位置づけのことが多く、認証がなくても基本的な対策が整備されていれば問題ないことが一般的です。認証取得には費用と労力がかかるため、取引規模や取引先の要求レベルを見極めて検討しましょう。まずは無料の「SECURITY ACTION」宣言から始めることをお勧めします。
Q: 質問票の回答に時間がかかります。効率化する方法は?
A: 自社のセキュリティ対策状況をあらかじめ文書化しておくと、質問票への回答が効率化できます。対策一覧表、組織体制図、連絡先一覧などを作成しておき、質問票の項目に合わせてコピー&ペーストできるようにしておきましょう。また、過去に回答した質問票を保存しておき、次回の回答に活用することも有効です。
Q: 取引先ごとに異なる質問票が届きます。どう対応すればよいですか?
A: 各社の質問票は異なりますが、聞いている内容は共通する部分が多いです。自社の対策状況を「マスター文書」として整理しておき、各社の質問票に合わせてカスタマイズする方法が効率的です。また、IPAの自社診断結果や、自工会・部工会のチェックシート回答結果を「共通回答」として活用し、各社に提示する方法もあります。
Q: 要件を満たせない場合、取引は打ち切られますか?
A: 即座に取引が打ち切られることは稀です。多くの場合、改善期限が設定され、その期間内に対策を進めることが求められます。重要なのは、改善に向けた姿勢を示し、計画的に対策を進めることです。ただし、重大な脆弱性を放置し続けたり、虚偽の報告をしたりした場合は、取引に影響する可能性があります。
Q: 小規模な会社でも、大企業と同じレベルの対策が必要ですか?
A: 必ずしも同じレベルは求められません。取引先は、企業規模に応じた「相応の対策」を期待していることが多いです。重要なのは、自社の規模で実現可能な対策を着実に実施し、その状況を正直に報告することです。「大企業並みの対策はできないが、基本的な対策は整備している」ことを示せれば、多くの場合は問題ありません。

まとめ

取引先要件に対応するためのサプライチェーン攻撃対策について解説しました。

  • 大企業は、サプライチェーン攻撃対策の一環として、取引先にセキュリティ要件を求めるようになっている
  • 質問票への回答は、具体的かつ正直に記載することが重要
  • 対策していない項目は正直に記載し、改善計画を示す
  • セキュリティポリシー、対策実施記録、インシデント対応手順書などを事前に準備しておく
  • 認証取得は必須ではないが、無料の「SECURITY ACTION」宣言から始めるのがお勧め
  • 取引先要件への対応は、自社のセキュリティ強化と競争力向上のチャンスとして前向きに捉える

中小企業向けカテゴリの全体像は中小企業のサプライチェーン攻撃対策|最低限から始める防御をご覧ください。サプライチェーン攻撃の総合的な解説はサプライチェーン攻撃とは|仕組み・事例・対策を初心者にもわかりやすく解説で紹介しています。


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重要なお知らせ

  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
  • 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
  • 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
  • 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。
  • 業界ガイドラインや取引先要件は変更される可能性があります。最新情報をご確認ください。

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京都開発研究所

システム開発/サーバ構築・保守/技術研究

CMSの独自開発および各業務管理システム開発を行っており、 10年以上にわたり自社開発CMSにて作成してきた70,000以上のサイトを 自社で管理するサーバに保守管理する。