グローバル企業のサプライチェーンリスク
グローバル企業は、その事業規模と複雑なサプライチェーンゆえに、特有のサプライチェーン攻撃リスクを抱えています。
- 複雑なサプライチェーン(数千〜数万社)
- 大手グローバル企業は、直接取引するサプライヤーだけで数千社、二次・三次サプライヤーを含めると数万社に及ぶことがあります。これらすべてのサプライヤーのセキュリティを把握・管理することは極めて困難であり、サプライチェーンのどこかに弱点が存在する可能性が高くなります。
- 海外拠点のセキュリティレベルのばらつき
- 世界各地に拠点を持つグローバル企業では、拠点ごとにセキュリティ対策のレベルにばらつきがあります。新興国の拠点、買収した企業、小規模なオフィスなど、セキュリティ対策が不十分な拠点がサプライチェーン攻撃の起点となる可能性があります。
- 地政学リスク
- 国際情勢の変化、経済制裁、貿易摩擦など、地政学リスクがサプライチェーンに影響を与えます。特定の国・地域のサプライヤーへの依存は、有事の際のサプライチェーン途絶リスクを高めます。また、国家支援型のサイバー攻撃が、地政学的な緊張を背景に行われることもあります。
- 規制の違い
- 各国・地域によってセキュリティやプライバシーに関する規制が異なります。GDPR(EU)、中国サイバーセキュリティ法、米国の各種規制など、複数の規制に対応する必要があります。
海外拠点のセキュリティ管理
グローバル企業における海外拠点のセキュリティ管理は、サプライチェーン攻撃対策の重要な要素です。
ガバナンス体制
本社と海外拠点のセキュリティガバナンスのバランスが重要です。
| アプローチ | 特徴 | メリット/デメリット |
|---|---|---|
| 本社主導型 | 本社がセキュリティポリシー、技術基準、監査を一元管理 | 統一性は高いが、現地の実情に合わない場合も |
| 現地自律型 | 各拠点が自律的にセキュリティを管理 | 現地適応は可能だが、レベルのばらつきが発生 |
| ハイブリッド型 | 基本ポリシーは本社、実装は現地の裁量 | バランスは取れるが、調整コストがかかる |
セキュリティ基準の統一
グローバルで統一したセキュリティ基準を策定し、全拠点に適用します。
- グローバルセキュリティポリシー
- 全社共通のセキュリティポリシーを策定し、全拠点に適用します。各国の規制との整合性を確認しながら、最低限のセキュリティ水準を確保します。
- 技術基準
- 使用する製品・サービス、設定基準、運用手順を標準化します。セキュリティツールの統一により、可視化と監視が容易になります。
- 監査・評価
- 全拠点を対象とした定期的なセキュリティ監査・評価を実施します。本社からの監査チーム派遣、リモート監査、外部監査の活用などの方法があります。
文化・言語の壁への対処
海外拠点のセキュリティ管理では、文化や言語の壁に対処する必要があります。
- 多言語対応:セキュリティポリシー、教育資材、報告フォームの多言語化
- 文化的配慮:現地の文化・習慣を考慮したセキュリティ施策の設計
- 現地人材の活用:現地のセキュリティ担当者の育成と活用
セキュリティガバナンスも参照してください。
多数サプライヤーの統制
数千から数万社のサプライヤーを効率的に統制するための方法を解説します。
優先順位付け
すべてのサプライヤーに同じレベルの管理を行うことは現実的ではありません。リスクベースで優先順位をつけます。
- 重要度による分類
- サプライヤーが自社の事業にとってどれほど重要かを評価します。代替不可能な部品・サービスを提供するサプライヤーは優先度が高くなります。
- リスクによる分類
- サプライヤーが自社システムや機密情報にアクセスする範囲、過去のセキュリティ実績、所在国のリスクなどを評価します。
- マトリクス分析
- 重要度とリスクの2軸でマトリクスを作成し、サプライヤーを分類します。高重要度×高リスクのサプライヤーには最も厳格な管理を適用します。
階層別の管理(Tier構造)
サプライチェーンの階層(Tier)に応じた管理を行います。
| 階層 | 管理アプローチ |
|---|---|
| Tier1(直接取引先) | 詳細なセキュリティ評価、定期的な監査、契約条項による管理 |
| Tier2以降 | Tier1を通じた間接的な管理、重要なサプライヤーは直接評価 |
| クリティカルサプライヤー | 階層に関わらず、重要な供給元は直接管理 |
ツールの活用
多数のサプライヤーを管理するために、専用のツールやサービスを活用します。
- TPRM(Third Party Risk Management)プラットフォーム:サプライヤー情報の一元管理、リスク評価の自動化
- セキュリティ評価サービス:外部機関によるサプライヤーのセキュリティ評価
- 継続的監視サービス:サプライヤーのセキュリティ状況の継続的なモニタリング
サプライチェーン可視化も参照してください。
各国規制への対応
グローバル企業は、各国・地域のセキュリティ・プライバシー規制に対応する必要があります。
- GDPR(EU)
-
概要:EU一般データ保護規則。EU域内の個人データを取り扱う企業に適用されます。
サプライチェーンへの影響:委託先(データ処理者)にも同等のデータ保護措置を求める必要があります。データ処理契約の締結が必須です。
制裁:違反の場合、最大で全世界売上高の4%または2,000万ユーロの制裁金。 - 中国サイバーセキュリティ法
-
概要:中国国内でのネットワーク運営に関する規制。データローカライゼーション要件が含まれます。
サプライチェーンへの影響:重要情報インフラ運営者は、中国国内でのデータ保存が求められます。ネットワーク製品・サービスのセキュリティ審査制度もあります。
注意点:中国拠点のサプライヤーとの連携において、データの越境移転に制限があります。 - 米国規制(DFARS、CMMC等)
-
DFARS:米国国防総省との契約における要件。CUI(管理対象非機密情報)の保護が求められます。
CMMC:Cybersecurity Maturity Model Certification。国防関連のサプライヤーに対するセキュリティ認証制度。
サプライチェーンへの影響:米国政府と取引する場合、サプライチェーン全体でのセキュリティ要件遵守が求められます。 - その他各国の規制
-
日本:改正個人情報保護法、経済安全保障推進法
ブラジル:LGPD(一般データ保護法)
インド:DPDP Act(デジタル個人データ保護法)
ASEAN各国:各国独自の規制が整備されつつある
グローバルサプライチェーンの可視化
グローバルサプライチェーンの可視化は、リスク管理の第一歩です。
多層構造の把握
サプライチェーンの多層構造を把握することが重要です。
- Tier1サプライヤーの把握
- 直接取引するサプライヤーの一覧を整備します。契約情報、取引内容、連絡先、セキュリティ評価状況などを管理します。
- Tier2以降の可視化
- Tier1サプライヤーに対して、そのサプライヤー(Tier2)の情報提供を求めます。重要な部品・サービスについては、サプライチェーン全体を可視化します。
- ボトルネックの特定
- 特定のサプライヤーに依存している部分を特定します。代替が困難なサプライヤーは、特にリスク管理が重要です。
地域別リスクの評価
サプライヤーの所在地に基づくリスクを評価します。
| リスク要因 | 評価項目 |
|---|---|
| 地政学リスク | 政治的安定性、国際関係、経済制裁 |
| サイバーリスク | 国家支援型攻撃の脅威、サイバー犯罪の状況 |
| 規制リスク | データローカライゼーション、越境データ移転制限 |
| 災害リスク | 自然災害、インフラの信頼性 |
マッピングツールの活用
サプライチェーンマッピングツールを活用し、可視化を効率化します。
- サプライヤー情報の一元管理
- 地理的な可視化(マップ表示)
- リスク情報の自動収集と反映
- 代替サプライヤーの検討支援
グローバルインシデント対応
グローバル企業では、インシデント対応も国際的な体制で行う必要があります。
時差への対応(24時間対応体制)
世界中の拠点を持つ企業では、インシデントは24時間いつでも発生しえます。
- Follow-the-Sun体制
- アジア、欧州、米州の各地域にセキュリティチームを配置し、時差を利用して24時間対応を実現します。一つの地域から次の地域にインシデント対応を引き継ぎます。
- 集中型SOC
- 24時間稼働のセキュリティオペレーションセンター(SOC)を設置し、全社のセキュリティ監視とインシデント初動対応を行います。
- 外部SOCの活用
- マネージドセキュリティサービス(MSS)を活用し、24時間監視を外部に委託することも選択肢です。
言語・文化の壁
インシデント対応時のコミュニケーションにおいて、言語・文化の壁に対処します。
- 共通言語の設定:インシデント対応では英語を共通言語とすることが一般的
- 通訳の確保:必要に応じて通訳を手配
- 事前準備:インシデント対応手順書、連絡先リストの多言語化
法域を超えた連携
インシデントが複数の国・地域にまたがる場合、法域を超えた連携が必要です。
- 各国当局への報告:インシデントの影響範囲に応じて、各国の監督当局への報告が必要な場合がある
- 法的助言:越境インシデントに関する法的な助言を得られる体制の確保
- 顧客・取引先への通知:各国の法規制に従った通知を行う
各国規制への報告義務
各国の規制によって、セキュリティインシデントの報告義務が異なります。
| 規制 | 報告期限 | 報告先 |
|---|---|---|
| GDPR(EU) | 認識後72時間以内 | 監督当局、本人(高リスクの場合) |
| 日本(改正個人情報保護法) | 速やかに | 個人情報保護委員会、本人 |
| 米国(州法による) | 州ごとに異なる | 州検事総長、本人 |
インシデント対応も参照してください。
関連する攻撃手法
グローバル企業は、以下の攻撃手法の標的となっています。
- サプライチェーン攻撃
- 海外拠点やサプライヤーを経由した攻撃。詳細はサプライチェーン攻撃の定義と仕組みをご覧ください。
- 標的型攻撃(APT)
- 特に技術・知的財産を持つグローバル企業は標的になりやすい。詳細は標的型攻撃(APT)をご覧ください。
- ランサムウェア
- グローバル企業は身代金支払い能力があると見なされやすい。詳細はランサムウェアをご覧ください。
- ビジネスメール詐欺(BEC)
- グローバルな送金を狙った詐欺。詳細はビジネスメール詐欺(BEC)をご覧ください。
- 不正アクセス
- 海外拠点の脆弱性を悪用した侵入。詳細は不正アクセスをご覧ください。
- 内部不正
- グローバルに分散した従業員による内部不正。詳細は内部不正をご覧ください。
- 情報漏洩
- 機密情報、顧客情報のグローバルな流出。詳細は情報漏洩をご覧ください。
よくある質問
- Q: 海外買収先のセキュリティをどう統合しますか?
- A: M&A後のセキュリティ統合は計画的に行う必要があります。まず、買収前のデューデリジェンスでセキュリティリスクを評価します。買収後は、100日計画などの形で統合スケジュールを策定し、優先度の高いリスクから対処します。ネットワークの統合、アカウント管理の統一、セキュリティツールの標準化などを段階的に進めます。完全な統合には1-2年かかることも珍しくありません。
- Q: 中国拠点のサプライヤー管理の注意点は?
- A: 中国拠点のサプライヤーとの連携では、中国サイバーセキュリティ法のデータローカライゼーション要件に注意が必要です。重要データの越境移転には制限があります。また、中国国内のネットワーク製品・サービスはセキュリティ審査の対象となる場合があります。VPN規制により、本社との接続方法にも制約がある場合があります。現地の法規制に詳しい専門家のアドバイスを得ながら対応してください。
- Q: グローバルでセキュリティ基準を統一する方法は?
- A: グローバルセキュリティポリシーを策定し、全拠点に適用することが基本です。ポリシーは、ISO 27001などの国際標準をベースにし、各国規制との整合性を確認しながら策定します。技術的な基準も標準化し、使用するセキュリティツール、設定、運用手順を統一します。各拠点への展開は、グローバルセキュリティチームが主導し、現地のIT担当者と連携して進めます。定期的な監査で遵守状況を確認します。
- Q: 時差がある中でインシデント対応をどうしますか?
- A: Follow-the-Sun体制を構築することが一つの解決策です。アジア、欧州、米州の各地域にセキュリティチームを配置し、インシデント対応を引き継ぎながら24時間対応を実現します。代替手段として、24時間稼働のSOCを設置するか、マネージドセキュリティサービスを活用する方法もあります。重要なのは、エスカレーションルール、引き継ぎ手順、コミュニケーションツールを事前に整備しておくことです。
まとめ
グローバル企業のサプライチェーン攻撃対策について、以下のポイントを押さえてください。
- グローバルガバナンスの構築:本社主導とローカルの自律性のバランス、セキュリティ基準の統一
- 海外拠点のセキュリティ管理:拠点ごとのばらつきの解消、文化・言語の壁への対処
- 多数サプライヤーの効率的な統制:リスクベースの優先順位付け、Tier構造に応じた管理、ツールの活用
- 各国規制への対応:GDPR、中国サイバーセキュリティ法、米国規制など
- サプライチェーンの可視化:多層構造の把握、地域別リスク評価
- グローバルインシデント対応:24時間体制、法域を超えた連携、各国報告義務への対応
- 地政学リスクへの備え:特定国・地域への過度な依存の回避
業種別カテゴリトップやサプライチェーン攻撃の総合ガイドも参照しながら、グローバル企業のサプライチェーンセキュリティを強化してください。
重要なお知らせ
- 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
- 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
- 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
- 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。
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