自動車産業のサプライチェーン攻撃対策|自工会・部工会ガイドライン・Tier管理を解説

自動車産業は、数万社に及ぶサプライヤーで構成される複雑なサプライチェーンを持ち、JIT(Just In Time)生産方式により、1社の停止が全体に波及するリスクを抱えています。2022年のトヨタ・小島プレス事件は、Tier1サプライヤーの中小企業がランサムウェアに感染し、トヨタを含む全14工場が停止した象徴的な事例です。自工会・部工会は「自動車産業サイバーセキュリティガイドライン」を策定し、サプライチェーン全体でのセキュリティ強化を推進しています。この記事では、自動車産業向けのサプライチェーン攻撃対策を詳しく解説します。自工会・部工会ガイドラインの要件、Tier別サプライヤー管理、車載システムセキュリティまで紹介します。

自動車産業がサプライチェーン攻撃の標的になる理由

自動車産業は、サプライチェーン攻撃の主要な標的となっています。その理由は、複雑なサプライチェーン構造、JIT生産方式、そしてコネクテッドカーの登場にあります。

複雑なTier構造
自動車1台の製造には、数万点の部品が必要であり、これらを供給するサプライヤーは数万社に及びます。完成車メーカーと直接取引するTier1、Tier1に部品を供給するTier2、さらにその下のTier3以降と、多層的な構造を持っています。この複雑な構造により、サプライチェーン全体のセキュリティを把握・管理することが困難です。
JIT生産方式による連鎖リスク
JIT(ジャストインタイム)生産方式では、在庫を最小限に抑え、必要な部品を必要な時に調達します。この方式は効率的ですが、1社でも部品供給が停止すると、完成車メーカーの生産ライン全体が停止するリスクがあります。
コネクテッドカーの登場
現代の自動車は、インターネットに接続するコネクテッドカーとして進化しています。OTA(Over-The-Air)アップデート、テレマティクスサービス、車車間通信など、新たな接続点が生まれ、サイバー攻撃の対象となっています。
攻撃者にとっての「価値」
自動車産業は、高い技術力と経済規模を持つ業界です。攻撃者にとって、ランサムウェアによる身代金要求、製造技術の窃取、競争情報の入手など、様々な動機で標的となりえます。

自動車産業のサプライチェーン攻撃事例

トヨタ・小島プレス事件の詳細分析

2022年2月に発生したトヨタ・小島プレス事件は、自動車産業のサプライチェーンリスクを象徴する事例です。

攻撃経路
小島プレス工業の子会社が利用していたリモート接続機器の脆弱性を悪用して侵入。そこから親会社である小島プレス工業のネットワークに侵入し、ランサムウェアを展開しました。
影響範囲
小島プレス工業のシステムが停止したことで、トヨタへの部品供給が停止。トヨタは、国内全14工場28ラインの稼働を1日停止せざるを得なくなりました。日野自動車、ダイハツ工業も影響を受け、約1万3千台の生産に影響が出ました。
復旧までの経緯
小島プレス工業は、システムの復旧に数日を要しました。トヨタは、代替手段の確保や在庫の活用により、翌日から一部生産を再開しました。

教訓

この事例から得られる教訓は以下の通りです。

教訓 内容
中小サプライヤーのリスク 大企業のサプライチェーンに属する中小企業のセキュリティが、全体に影響を与える
リモート接続の管理 VPN装置の脆弱性管理とリモートアクセスの制御が重要
JIT生産の脆弱性 在庫を持たない生産方式は、サプライチェーン途絶のリスクが高い
BCPの重要性 サプライヤー停止時の代替手段確保が必要

詳しい事例分析はサプライチェーン攻撃の国内事例をご覧ください。


自工会・部工会ガイドラインの要件

自工会(日本自動車工業会)部工会(日本自動車部品工業会)は、「自動車産業サイバーセキュリティガイドライン」を策定し、サプライチェーン全体でのセキュリティ強化を推進しています。

サプライヤーへの要求事項

ガイドラインでは、自動車産業のサプライヤーに対して、セキュリティ対策の実施を求めています。

セキュリティ体制の構築
経営層の関与、セキュリティ責任者の設置、セキュリティポリシーの策定が求められます。
技術的対策
ネットワークセキュリティ、エンドポイント対策、アクセス制御、脆弱性管理などの技術的対策を実施します。
運用的対策
セキュリティ教育、インシデント対応手順の整備、定期的な監査・点検を行います。
サプライチェーン管理
自社のサプライヤーに対しても、セキュリティ対策を求めることが期待されています。

チェックシートの内容

自工会・部工会は、サプライヤーのセキュリティ対策状況を確認するためのチェックシートを提供しています。

カテゴリ 主な確認項目
体制・方針 セキュリティポリシー、責任者の設置、経営層の関与
アクセス制御 ID管理、パスワードポリシー、多要素認証
ネットワーク ファイアウォール、VPN管理、ネットワーク分離
エンドポイント マルウェア対策、パッチ管理、USBメモリ制限
インシデント対応 対応手順、報告体制、バックアップ
教育 セキュリティ教育の実施状況

準拠のレベル

ガイドラインは、企業の規模や役割に応じた複数のレベルを設定しており、段階的な対応が可能です。完成車メーカーに近いTier1には高いレベルが求められ、中小のTier3以降には基本的なレベルからの対応が求められます。


Tier1〜Tier3サプライヤー管理

自動車産業では、Tier構造に応じたサプライヤー管理が重要です。

Tier1:直接取引先
完成車メーカーと直接取引するサプライヤーです。エンジン、トランスミッション、シートなど主要な部品・システムを供給します。完成車メーカーからの厳格なセキュリティ要件が適用され、定期的な監査を受けることが多いです。Tier1は、自社のサプライヤー(Tier2)に対してもセキュリティ対策を求める役割を担います。
Tier2:間接取引先
Tier1に部品を供給するサプライヤーです。完成車メーカーとの直接の契約関係はありませんが、Tier1を通じてセキュリティ要件が伝達されます。Tier1との契約でセキュリティ条項が含まれることが増えています。
Tier3以降:連鎖的なリスク
サプライチェーンの末端に位置する中小企業が多く、セキュリティ対策が十分でないケースがあります。完成車メーカーやTier1からの可視化が困難であり、ここがサプライチェーン攻撃の起点となるリスクがあります。

Tier管理の課題と対策

課題 内容 対策
可視化の困難さ Tier2以降のサプライヤーを把握しにくい サプライチェーンマッピングツールの活用
管理コスト 多数のサプライヤーを管理するコストが大きい リスクベースでの優先順位付け
中小企業の対応力 中小サプライヤーにはセキュリティ対策のリソースがない 支援策の提供、共同調達の活用

詳しいサプライヤー管理についてはサードパーティリスク管理をご覧ください。


車載システムのサプライチェーンリスク

現代の自動車には多数の電子制御システムが搭載されており、これらもサプライチェーン攻撃のリスクを抱えています。

ECU(電子制御ユニット)

自動車1台には、数十から100を超えるECUが搭載されています。

ECUのサプライチェーン
ECUは、半導体チップ、ソフトウェア、ファームウェアなど、多数のコンポーネントで構成されます。これらのサプライチェーンのいずれかで脆弱性や悪意あるコードが混入されると、車両全体のセキュリティに影響します。
長いライフサイクル
自動車は10年以上使用されることが一般的であり、その間のセキュリティサポートが課題となります。

OTA(Over-The-Air)アップデート

コネクテッドカーでは、OTAアップデートによりソフトウェアを遠隔で更新できます。

  • メリット:脆弱性の迅速な修正、機能追加が可能
  • リスク:アップデートサーバーが侵害されると、悪意あるアップデートが配布される可能性
  • 対策:アップデートの電子署名による検証、安全なアップデートサーバーの構築

UN-R155/R156規制

国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)は、車両のサイバーセキュリティに関する規制UN-R155と、ソフトウェアアップデートに関する規制UN-R156を策定しました。

規制 内容 要求事項
UN-R155 サイバーセキュリティ管理システム CSMS(サイバーセキュリティ管理システム)の認証取得
UN-R156 ソフトウェアアップデート管理 SUMS(ソフトウェアアップデート管理システム)の認証取得

これらの規制は、2022年7月以降の新型車から適用されており、完成車メーカーとサプライヤーの両方に対応が求められています。


中小サプライヤーへの支援

自動車産業のサプライチェーンセキュリティを向上させるには、中小サプライヤーへの支援が不可欠です。

大企業からの支援策

完成車メーカーやTier1企業は、中小サプライヤーへの支援策を講じています。

セキュリティ教育の提供
サプライヤー向けのセキュリティ研修や教材の提供を行っています。
ツール・サービスの提供
セキュリティ診断ツールや監視サービスを、割引価格またはサプライヤー向けに提供するケースがあります。
共同調達
セキュリティ製品・サービスの共同調達により、個社では負担が大きいコストを軽減します。

業界全体での底上げ

自工会・部工会を中心に、業界全体でのセキュリティレベル向上の取り組みが進んでいます。

  • ガイドラインの策定と普及
  • 自己点検ツールの提供
  • ベストプラクティスの共有

IPA等の公的支援

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)をはじめとする公的機関も、中小企業向けのセキュリティ支援を提供しています。

  • セキュリティアクション制度
  • サイバーセキュリティお助け隊サービス
  • 中小企業向けセキュリティ対策ガイドライン

中小企業向け対策も参照してください。


関連する攻撃手法

自動車産業は、以下の攻撃手法の標的となっています。

サプライチェーン攻撃
サプライヤー経由での侵入。トヨタ・小島プレス事件が代表例です。詳細はサプライチェーン攻撃の定義と仕組みをご覧ください。
ランサムウェア
生産システムの暗号化。自動車産業は身代金支払い能力があると見なされやすいです。詳細はランサムウェアをご覧ください。
標的型攻撃(APT)
製造技術、設計情報、知的財産を狙った攻撃。詳細は標的型攻撃(APT)をご覧ください。
不正アクセス
VPN脆弱性やリモート保守経路を悪用した侵入。詳細は不正アクセスをご覧ください。
ビジネスメール詐欺(BEC)
取引先になりすました不正送金指示。詳細はビジネスメール詐欺(BEC)をご覧ください。
情報漏洩
設計図面、製造技術、顧客情報の流出。詳細は情報漏洩をご覧ください。
内部不正
従業員や委託先による機密情報の持ち出し。詳細は内部不正をご覧ください。

よくある質問

Q: Tier3以降のサプライヤーまで管理できますか?
A: 完成車メーカーが直接管理することは現実的に困難です。Tier1、Tier2を通じた連鎖的な管理が基本となります。Tier1はTier2に、Tier2はTier3にセキュリティ要件を伝達し、対策状況を確認します。また、サプライチェーンマッピングツールを活用して、重要な部品のサプライチェーンを可視化し、リスクの高いサプライヤーを特定することも有効です。すべてを管理するのではなく、リスクベースで優先順位をつけることが重要です。
Q: 自工会ガイドラインへの準拠は義務ですか?
A: 法的な義務ではありませんが、完成車メーカーとの取引条件としてガイドラインへの準拠を求められるケースが増えています。事実上の業界標準として、準拠しないと取引に影響が出る可能性があります。ガイドラインは段階的なレベルを設けているため、自社の規模や役割に応じたレベルから対応を始めることができます。
Q: 中小サプライヤーでも対応できますか?
A: ガイドラインは、中小企業でも対応可能なレベルを設定しています。まずは、自工会・部工会が提供するチェックシートで自社の現状を確認し、優先度の高い対策から着手してください。完成車メーカーやTier1企業が提供する支援策、IPAなどの公的機関の支援も活用できます。限られたリソースでも、基本的なセキュリティ対策(パスワード管理、マルウェア対策、バックアップ等)から始めることで、リスクを大幅に低減できます。
Q: コネクテッドカーのセキュリティは誰が責任を持ちますか?
A: UN-R155規制により、完成車メーカーは車両のサイバーセキュリティ管理システム(CSMS)の認証を取得する義務があり、一義的な責任を負います。ただし、完成車メーカーがすべてを自社で対応することは困難であり、サプライヤーに対してもセキュリティ要件を課しています。ECUベンダー、ソフトウェアベンダー、通信サービス事業者など、それぞれの役割に応じた責任分担が契約で定められます。

まとめ

自動車産業のサプライチェーン攻撃対策について、以下のポイントを押さえてください。

  • 自工会・部工会ガイドラインへの準拠:業界標準として、取引条件となりつつある
  • Tier構造に応じた管理:Tier1からTier3以降まで、連鎖的なセキュリティ要件の伝達
  • 車載システムのセキュリティ:ECU、OTAアップデート、UN-R155/R156規制への対応
  • 中小サプライヤーへの支援:大企業からの支援、業界全体での底上げ、公的支援の活用
  • JIT生産のリスク認識:1社の停止がサプライチェーン全体に影響するリスクへの備え
  • BCPの策定:サプライヤー停止時の代替手段を事前に確保
  • コネクテッドカーへの対応:新たな攻撃面への対策

業種別カテゴリトップサプライチェーン攻撃の総合ガイドも参照しながら、自動車産業のサプライチェーンセキュリティを強化してください。


重要なお知らせ

  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
  • 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
  • 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
  • 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。

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京都開発研究所

システム開発/サーバ構築・保守/技術研究

CMSの独自開発および各業務管理システム開発を行っており、 10年以上にわたり自社開発CMSにて作成してきた70,000以上のサイトを 自社で管理するサーバに保守管理する。