業種によって異なるサプライチェーン攻撃リスク
サプライチェーン攻撃への対策は、業種によって大きく異なります。すべての組織が同じ対策を講じればよいわけではなく、各業種特有のリスク要因、規制環境、ビジネスモデルに応じた対応が求められます。
業種ごとにリスクが異なる主な理由として、以下の点が挙げられます。
- 保有するデータの種類と価値
- 金融機関は資産情報、医療機関は患者の診療情報、教育機関は児童生徒の個人情報を保有しています。攻撃者はこれらのデータの価値に応じて標的を選定するため、業種によって攻撃の動機や手法が異なります。
- サプライチェーンの構造と複雑さ
- 自動車産業は数万社のサプライヤーで構成されるTier構造、物流業界は多数の荷主・運送会社との接続を持つなど、業種によってサプライチェーンの構造が大きく異なります。この構造の違いが、攻撃面の広さや管理の難しさに直結します。
- 準拠すべき規制・ガイドライン
- 金融機関はFISC安全対策基準や金融庁監督指針、医療機関は厚生労働省ガイドライン、製造業は経済産業省の工場セキュリティガイドラインなど、業種ごとに異なる規制やガイドラインが存在します。これらへの準拠は、対策の方向性を決定する重要な要素です。
- システム停止の影響
- 医療機関のシステム停止は患者の生命に直結し、重要インフラの停止は社会全体に影響を及ぼします。ランサムウェアによる身代金要求が有効な業種とそうでない業種があり、攻撃者はこの点を考慮して標的を選びます。
本カテゴリでは、10の業種について、それぞれの特有リスクと対策を詳しく解説します。サプライチェーン攻撃の基本的な仕組みを理解したうえで、自組織の業種に適した対策を見つけてください。
金融機関の対策
金融機関は、保有する資産と顧客情報の価値から、サプライチェーン攻撃の主要な標的となっています。攻撃者にとって、金融機関への侵入は直接的な金銭的利益につながる可能性があり、国家支援型の攻撃グループからも狙われやすい業種です。
金融機関特有のリスクとして、多数の委託先やサービス提供者との接続が挙げられます。勘定系システム、決済システム、インターネットバンキングなど、多くのシステムが外部ベンダーとの連携で構築されており、これらの接続点がサプライチェーン攻撃の侵入経路となりえます。
FISC(金融情報システムセンター)の安全対策基準や金融庁の監督指針では、委託先管理の徹底が求められており、サードパーティリスク管理は金融機関の経営課題となっています。銀行、証券、保険など業態によって求められる対策のレベルも異なります。
金融機関の詳しい対策については、金融機関のサプライチェーン攻撃対策|FISC・金融庁・ベンダー評価・監査をご覧ください。
小売/ECの対策
小売・EC事業者は、決済情報や顧客の個人情報を扱うため、サプライチェーン攻撃の主要な標的となっています。特に、ECサイトを狙ったMagecartと呼ばれる攻撃グループは、サードパーティのJavaScriptを改ざんしてクレジットカード情報を窃取する手口で大きな被害をもたらしています。
EC事業者は、決済代行、物流、広告など多数の委託先と連携しており、それぞれの接続点がリスクとなります。特にサードパーティスクリプトの利用は、攻撃者にとって格好の標的です。一つのスクリプトが改ざんされると、そのスクリプトを利用する多数のECサイトに被害が拡大する可能性があります。
PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)では、サービスプロバイダーの管理が要件として定められており、準拠証明(AOC)の確認や契約における責任分界の明確化が求められます。また、WAF(Web Application Firewall)によるスクリプト改ざん検知も重要な対策です。
小売/ECの詳しい対策については、小売/ECのサプライチェーン攻撃対策|PCI DSS・WAF・委託先監督をご覧ください。
医療機関の対策
医療機関は、患者の生命に関わる情報を扱い、システム停止が直接人命に影響する可能性があることから、サプライチェーン攻撃の深刻な標的となっています。2021年の徳島県つるぎ町立半田病院、2022年の大阪急性期・総合医療センターなど、取引先経由でランサムウェアに感染し、長期間の診療停止に陥る事例が相次いでいます。
医療機関は電子カルテベンダー、保守業者、医療機器メーカーなど多数の委託先を持ち、特にリモート保守のための接続がサプライチェーン攻撃の侵入経路として悪用されています。システムが停止すると診療に直接影響するため、攻撃者は身代金の支払いを期待して医療機関を狙う傾向があります。
厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」では、外部委託やクラウド利用に関する要件が定められており、医療機関はこれに準拠した対策が求められます。
医療機関の詳しい対策については、医療機関のサプライチェーン攻撃対策|厚労省ガイドライン・委託管理・ランサムウェアをご覧ください。
教育機関の対策
GIGAスクール構想により、全国の小中学校に1人1台端末が配備され、教育のICT化が急速に進んでいます。しかし、その一方でサプライチェーン攻撃のリスクも高まっています。端末ベンダー、学習支援クラウド、MDMサービスなど、多数の外部サービスに依存することで、攻撃面が拡大しています。
教育機関は予算制約によりセキュリティ対策が十分でないケースが多く、攻撃者にとって比較的侵入しやすい標的となっています。また、児童生徒の個人情報は長期にわたって悪用される可能性があり、保護の重要性は高いです。大学・研究機関においては、研究データの保護や国際共同研究に伴うリスクも考慮する必要があります。
文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」では、クラウド利用や外部委託に関する要件が定められています。
教育機関の詳しい対策については、教育機関のサプライチェーン攻撃対策|GIGAスクール・文科省・端末管理をご覧ください。
製造業・工場OTの対策
製造業は、サプライチェーン攻撃によって生産ラインが停止するリスクを抱えています。2022年のトヨタ・小島プレス事件は、サプライヤーの中小企業がランサムウェアに感染し、トヨタ全工場が1日停止するという事態を招きました。この事例は、サプライチェーン全体のセキュリティが1社の弱点によって崩壊しうることを示しています。
工場のOT(Operational Technology)システムは、従来閉じたネットワークで運用されていましたが、スマートファクトリー化に伴いIT/OT連携が進み、サプライチェーン攻撃のリスクが高まっています。設備メーカーのリモート保守やIoT機器の導入により、外部との接続点が増加しています。
経済産業省の「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」では、工場セキュリティの要件が定められています。
製造業の詳しい対策については、製造業・工場OTのサプライチェーン攻撃対策|経産省・IoT・リモート保守をご覧ください。
自動車産業の対策
自動車産業は、数万社に及ぶサプライヤーで構成される複雑なTier構造を持ち、JIT(Just In Time)生産方式により、1社の停止が全体に波及するリスクを抱えています。Tier1からTier3以降まで、サプライチェーン全体のセキュリティ確保が求められます。
また、コネクテッドカーの登場により、車載システムのセキュリティも重要な課題となっています。OTA(Over-The-Air)アップデートなど、新たな攻撃面も生まれています。UN-R155/R156規制への対応も必要です。
自工会・部工会は「自動車産業サイバーセキュリティガイドライン」を策定し、サプライチェーン全体でのセキュリティ強化を推進しています。
自動車産業の詳しい対策については、自動車産業のサプライチェーン攻撃対策|自工会・部工会ガイドライン・Tier管理をご覧ください。
物流・港湾の対策
物流・港湾は社会インフラとして重要な役割を担っており、サプライチェーン攻撃による停止は経済全体に影響を及ぼします。2023年の名古屋港コンテナターミナルへのランサムウェア攻撃は、国内最大級の港湾が約3日間機能停止する事態となり、物流業界に衝撃を与えました。
物流システムは多数の荷主・運送会社との接続を持ち、EDIやAPI連携による外部接続が多いことが特徴です。また、倉庫管理システム(WMS)や港湾システムにはレガシーシステムも多く残っており、脆弱性管理が課題となっています。
物流・港湾の詳しい対策については、物流・港湾のサプライチェーン攻撃対策|倉庫システム・国土交通省・外部接続をご覧ください。
重要インフラ・経済安全保障の対策
電力、ガス、水道などの重要インフラは、国民生活と経済活動の基盤であり、サプライチェーン攻撃による停止は社会全体に深刻な影響を及ぼします。2015年のウクライナ電力網攻撃、2021年の米国Colonial Pipeline攻撃など、国家関与型の高度な攻撃(APT)も確認されています。
日本では経済安全保障推進法により、基幹インフラの安定的な提供を確保するための規制が導入されました。特定の国・地域の製品やサービスへの依存リスクも考慮する必要があります。
NISC(内閣サイバーセキュリティセンター)は「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」を策定し、14分野の重要インフラ事業者に対する指針を示しています。
重要インフラの詳しい対策については、重要インフラ・経済安全保障とサプライチェーン攻撃|電力・ガス・水道・NISCをご覧ください。
官公庁・自治体の対策
官公庁・自治体は、国民・住民の個人情報を大量に保有し、行政サービスの提供を担う重要な組織です。システムの停止は住民サービスに直接影響し、情報漏洩は国家安全保障上の問題にもなりえます。
政府調達では、セキュリティ要件を満たすベンダー選定が求められ、政府統一基準群への準拠が必須となっています。地方自治体においては、予算や人員の制約がある中で、いかに効果的な対策を講じるかが課題です。
デジタル庁は政府クラウド(ガバメントクラウド)の推進を進めており、セキュリティ要件の標準化・共通化が進んでいます。
官公庁・自治体の詳しい対策については、官公庁・自治体のサプライチェーン攻撃対策|デジタル庁・調達・契約条項をご覧ください。
グローバル企業の対策
グローバル企業は、世界中に拠点を持ち、数千から数万社のサプライヤーと取引しています。この複雑なサプライチェーンは、サプライチェーン攻撃のリスクを増大させます。海外拠点のセキュリティレベルのばらつき、各国規制への対応、地政学リスクなど、国内企業にはない課題を抱えています。
GDPR(EU)、中国サイバーセキュリティ法、米国CMMC規制など、各国・地域の規制への対応も必要です。グローバルでのセキュリティガバナンス構築と、多数サプライヤーの効率的な統制が求められます。
グローバル企業の詳しい対策については、グローバル企業のサプライチェーン攻撃対策|海外拠点・多数サプライヤー統制をご覧ください。
業種別リスク比較
以下の表は、10業種のサプライチェーン攻撃リスクと準拠すべき規制・ガイドラインを比較したものです。
| 業種 | 主なリスク | 準拠すべき規制・ガイドライン |
|---|---|---|
| 金融機関 | 資産・顧客情報の窃取、決済システムへの侵入 | FISC安全対策基準、金融庁監督指針 |
| 小売/EC | クレジットカード情報の窃取、Webスキミング | PCI DSS |
| 医療機関 | 診療停止、患者情報漏洩 | 厚労省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」 |
| 教育機関 | 児童生徒の個人情報漏洩、研究データ窃取 | 文科省「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」 |
| 製造業・工場OT | 生産ライン停止、OTシステムへの侵入 | 経産省「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」 |
| 自動車産業 | サプライチェーン全体の停止、車載システムへの攻撃 | 自工会・部工会「自動車産業サイバーセキュリティガイドライン」、UN-R155/R156 |
| 物流・港湾 | 物流停止、港湾機能麻痺 | 国土交通省ガイドライン、重要インフラ行動計画 |
| 重要インフラ | 社会インフラ停止、国家安全保障への影響 | NISC「重要インフラ行動計画」、経済安全保障推進法 |
| 官公庁・自治体 | 住民情報漏洩、行政サービス停止 | 政府統一基準群、デジタル庁方針 |
| グローバル企業 | 海外拠点経由の侵入、多国規制への対応 | GDPR、中国サイバーセキュリティ法、CMMC等 |
各業種の対策は、これらの規制・ガイドラインを基盤として構築することが重要です。自組織の業種に適したガイドラインを確認し、その要件に沿った対策を進めてください。
自社の対策と取引先管理を組み合わせることで、より効果的なサプライチェーン攻撃対策が実現できます。
まとめ
本カテゴリでは、業種別のサプライチェーン攻撃対策について解説しました。
- 業種ごとに異なるリスク:保有データ、サプライチェーン構造、システム停止の影響は業種によって大きく異なる
- 規制・ガイドラインへの準拠:各業種には準拠すべき規制・ガイドラインがあり、対策の基盤となる
- 金融・医療・製造業:特に攻撃者に狙われやすく、厳格な対策が求められる
- 重要インフラ:国家安全保障の観点から、経済安全保障推進法等の新たな規制にも対応が必要
- 中小企業への波及:大企業のサプライチェーンに属する中小企業も、対策の強化が求められている
- グローバル対応:海外拠点やサプライヤーを持つ企業は、各国規制への対応も必要
自組織の業種に適した対策を確認し、サプライチェーン攻撃の総合ガイドも併せて参照しながら、包括的な対策を進めてください。
重要なお知らせ
- 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
- 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
- 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
- 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。
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