サプライチェーン攻撃のガバナンス設計|CISO体制と役割分担を解説

サプライチェーン攻撃対策を組織的に推進するには、適切なガバナンス体制の構築が不可欠です。情シス部門だけでなく、調達、法務、リスク管理など複数の部門が関わる課題であり、経営層のリーダーシップと明確な役割分担が求められます。この記事では、サプライチェーン攻撃対策のガバナンス設計を詳しく解説します。CISO体制の構築、各部門の役割分担、組織横断的な連携、外部専門家の活用まで、経営層が整備すべき体制を紹介します。

サプライチェーン攻撃対策のガバナンスとは

サプライチェーン攻撃への対策は、技術的な施策だけでなく、それを継続的に推進・監督するためのガバナンス体制が不可欠です。ガバナンスとは、組織が目標を達成するための統制の仕組みであり、セキュリティ分野では「誰が、何に対して、どのような責任を持つか」を明確にし、適切に運用することを意味します。

サプライチェーン攻撃対策におけるガバナンスの目的
サプライチェーン攻撃対策のガバナンスは、自社だけでなく取引先を含めたセキュリティリスクを管理し、インシデント発生時には迅速に対応できる体制を整えることを目的とします。場当たり的な対策ではなく、組織的・継続的に取り組むための基盤を構築します。

サプライチェーン攻撃対策が部門横断的な課題である点は重要です。IT部門だけでなく、調達・購買部門、法務部門、リスク管理部門、広報部門など、さまざまな部門が関わります。そのため、縦割りの組織では対応が困難であり、横の連携を可能にするガバナンス体制が必要です。

経営者のコミットメントの重要性
ガバナンス体制を機能させるためには、経営者のコミットメントが不可欠です。予算の確保、責任者への権限付与、取締役会での監督など、経営層がセキュリティを重要な経営課題として位置づけ、リーダーシップを発揮することが求められます。経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」でも、経営者のリーダーシップは最も重要な指針として挙げられています。

サプライチェーン攻撃が経営に与える影響については、サプライチェーン攻撃の経営リスク|影響・損失・被害額で詳しく解説しています。

CISO体制の構築

CISO(Chief Information Security Officer:最高情報セキュリティ責任者)は、組織全体のセキュリティを統括する責任者です。サプライチェーン攻撃対策においても、CISOが中心的な役割を果たします。

CISOの役割

CISOの役割は多岐にわたりますが、サプライチェーン攻撃対策において特に重要なものを整理します。

セキュリティ戦略の策定
組織全体のセキュリティ戦略を策定し、サプライチェーンを含めたリスク管理方針を定めます。中長期的な計画と、年度ごとの具体的な施策を立案します。
経営層への報告・提言
セキュリティの状況、リスク評価、投資の必要性などを経営層・取締役会に報告し、経営判断に必要な情報を提供します。技術的な内容を経営者にわかりやすく伝えることも重要な役割です。
インシデント発生時の意思決定
サプライチェーン攻撃を含むセキュリティインシデントが発生した際、対応方針の決定、公表判断、関係者への報告など、迅速な意思決定を行います。
サプライチェーン全体のリスク統括
自社だけでなく、取引先、委託先を含めたサプライチェーン全体のセキュリティリスクを把握し、対策を推進します。調達部門や法務部門と連携して、取引先への要件設定や監査を主導します。

CISOの権限と報告ライン

CISOが実効性のある活動を行うためには、適切な権限と報告ラインの確保が重要です。

要素 推奨される状態 注意すべき状態
報告ライン CEOへ直接報告 CIOの配下に埋もれる
予算権限 セキュリティ予算を管掌 予算要求権限がない
人事権限 セキュリティ人材の採用・配置 人員配置に関与できない
取締役会報告 定期的に報告機会がある 報告機会が限られる

CISOは経営陣の一員として、セキュリティに関する意思決定を行うとともに、組織全体のセキュリティを統括する責任を負う。

— 出典:経済産業省「サイバーセキュリティ経営ガイドライン Ver 3.0」

特にCEOへの直接報告ラインの確保は重要です。CIOの配下に位置づけられると、IT投資の一部としてしか扱われず、経営課題としての優先度が下がる懸念があります。

CISOがいない場合の対応

すべての企業にCISOを専任で配置できるわけではありません。特に中小企業では、専任のCISOを置くことが難しい場合があります。

兼務での対応
CIOや総務部長など、既存の役員・管理職がセキュリティ責任者を兼務する方法です。兼務の場合でも、セキュリティに割く時間と権限を明確にし、他の業務に埋もれないようにすることが重要です。
外部CISOの活用
社外の専門家を「バーチャルCISO」や「アドバイザリーCISO」として起用する方法です。フルタイムではなく、週に数日または月に数回の関与で、戦略立案や経営報告を支援してもらいます。中小企業向けのサービスを提供するセキュリティベンダーもあります。
セキュリティ委員会の設置
専任のCISOを置けない場合、複数の部門の責任者で構成する「セキュリティ委員会」を設置し、集団でセキュリティを統括する方法もあります。委員長は経営者または役員クラスが担い、リーダーシップを発揮します。

中小企業向けの対策については、中小企業のサプライチェーン攻撃対策|最低限から始める防御で詳しく解説しています。

役割分担の明確化

サプライチェーン攻撃対策は複数の部門にまたがるため、各部門の役割と責任を明確にすることが重要です。役割が曖昧なままでは、対応の抜け漏れや責任の押し付け合いが生じます。

部門 主な役割 サプライチェーン攻撃対策での責任
情報システム・セキュリティ部門 技術的対策の実施、監視・検知、インシデント対応 自社システムのセキュリティ確保、取引先接続の管理
調達・購買部門 取引先の選定・評価、発注管理 取引先のセキュリティ評価、要件の契約反映
法務・コンプライアンス部門 契約管理、法的リスク評価 セキュリティ条項の契約盛り込み、インシデント時の法的対応
リスク管理部門 全社リスクの評価・管理 サプライチェーンリスクの評価、保険の検討
広報・IR部門 対外コミュニケーション インシデント時の広報対応、ステークホルダー説明
経営企画部門 経営計画の策定、予算配分 セキュリティ投資の予算確保、中期計画への反映
責任分界点の明確化
各部門の責任範囲を明確にし、「どこまでが誰の責任か」を文書化します。特に、調達部門とセキュリティ部門の間で、「取引先評価は誰が行うか」「技術的な監査は誰が担当するか」などの役割分担を明確にすることが重要です。
RACI図の活用
役割分担を整理するツールとして「RACI図」が有効です。R(Responsible:実行責任者)、A(Accountable:説明責任者)、C(Consulted:相談先)、I(Informed:報告先)を各タスクについて明確にします。

取引先管理の詳細については、サプライチェーン攻撃対策の取引先管理|評価・契約・監査・TPRMで解説しています。

組織横断的な連携

役割分担を明確にした上で、部門間の連携を円滑にする仕組みが必要です。縦割りの組織では、情報共有や意思決定が遅れ、サプライチェーン攻撃への対応が後手に回ります。

セキュリティ委員会の設置
関係部門の責任者が参加する「セキュリティ委員会」を設置し、定期的に会議を開催します。サプライチェーンリスクの状況共有、対策の進捗確認、課題の協議などを行います。委員長は経営層(CISO、CIO、または役員)が担い、意思決定権限を持たせることが重要です。
定期的な情報共有会議
セキュリティ委員会とは別に、実務レベルでの情報共有会議を定期的に開催します。脅威情報の共有、インシデントの振り返り、ベストプラクティスの共有などを行い、部門間の連携を深めます。
インシデント発生時の連携体制
サプライチェーン攻撃が発生した場合、迅速な対応が求められます。平時から「誰が何を担当するか」「どのような手順で連絡・報告するか」を定めた**インシデント対応計画**を策定し、定期的に訓練を行います。
連携の種類 頻度 参加者 主な議題
セキュリティ委員会 月1回または四半期 各部門責任者 リスク状況、対策進捗、投資判断
実務者会議 週1回または隔週 各部門担当者 脅威情報、個別課題、対応状況
インシデント対応 発生時 対応チーム全員 状況把握、対応方針、広報対応

外部専門家の活用

すべてを自社リソースでまかなう必要はありません。外部の専門家やサービスを活用することで、専門性の確保とコストの最適化を両立できます。

セキュリティアドバイザー・コンサルタント
セキュリティ戦略の策定、リスク評価、体制構築などを支援するコンサルタントを活用します。スポット的な支援から、継続的なアドバイザリー契約まで、ニーズに応じた形態を選べます。
SOC(Security Operation Center)サービス
24時間365日のセキュリティ監視を外部に委託する「マネージドSOC」サービスを活用します。自社でSOCを運用するには多大なコストと人材が必要ですが、外部サービスを活用することで効率的に監視体制を構築できます。
マネージドセキュリティサービス(MSS)
セキュリティ機器の運用・管理を外部に委託するサービスです。ファイアウォールやEDRなどの運用を専門家に任せることで、自社の負担を軽減できます。
法律事務所(サイバーセキュリティ専門)
インシデント発生時の法的対応、契約書のセキュリティ条項作成、規制対応などを支援する法律事務所を活用します。サイバーセキュリティを専門とする弁護士は限られるため、平時から関係を構築しておくことが重要です。
フォレンジック会社
インシデント発生時の原因調査、証拠保全などを行うフォレンジック会社と、有事に備えて契約を結んでおくことも有効です。インシデント発生後に探しても対応が遅れるため、事前に「リテイナー契約」(予約契約)を結んでおく企業もあります。

ガバナンス成熟度の評価

自社のガバナンス体制がどの程度成熟しているかを評価し、継続的に改善していくことが重要です。

成熟度モデルの活用
CMM(Capability Maturity Model)やNIST CSF(Cybersecurity Framework)などの成熟度モデルを活用して、自社のセキュリティガバナンスのレベルを評価します。一般的に、レベル1(初期段階)からレベル5(最適化段階)までの5段階で評価されます。
成熟度レベル 状態 特徴
レベル1:初期 場当たり的 対応が属人的、体制が未整備
レベル2:反復可能 基本的なプロセスあり 一部の対策が標準化されている
レベル3:定義済み 組織的に定義 ポリシー・手順が文書化されている
レベル4:管理 測定・管理されている KPIで効果を測定している
レベル5:最適化 継続的に改善 PDCAサイクルが回っている
自己評価のチェックポイント
以下のような項目を定期的にチェックし、改善点を洗い出します。①セキュリティ責任者(CISO相当)が明確に定められているか、②セキュリティポリシーが文書化され、定期的に見直されているか、③各部門の役割分担が明確か、④定期的な報告・監督の仕組みがあるか、⑤インシデント対応計画が策定され、訓練が実施されているか。
改善計画の策定
評価結果をもとに、優先順位を付けて改善計画を策定します。すべてを一度に改善するのは困難なため、リスクの高い領域から段階的に対応していきます。

サプライチェーン特有のガバナンス課題

サプライチェーン攻撃対策のガバナンスには、自社内の体制整備だけでなく、外部(取引先、グループ会社)を含めた統制という特有の課題があります。

取引先を含めたガバナンス
サプライチェーン攻撃のリスクは、取引先のセキュリティ状態に大きく依存します。しかし、取引先は別の会社であり、直接的な指揮命令権はありません。契約によるセキュリティ要件の設定、評価・監査の実施、支援・教育の提供など、間接的なガバナンスの仕組みが必要です。取引先管理の詳細は、サプライチェーン攻撃対策の取引先管理|評価・契約・監査・TPRMで解説しています。
グループ会社のガバナンス
子会社や関連会社のセキュリティも、親会社のリスクとなります。グループ全体で統一されたセキュリティポリシーを適用し、定期的な評価・監査を実施することが重要です。特に、買収した子会社のセキュリティ統合は課題になりがちです。
海外拠点のガバナンス
海外拠点は、本社からの目が届きにくく、現地の法規制も異なるため、ガバナンスが難しい領域です。グローバルセキュリティポリシーの策定、現地責任者の任命、定期的な監査などにより、海外拠点を含めた統制を実現します。グローバル企業の対策は、グローバル企業のサプライチェーン攻撃対策|海外拠点・多数サプライヤー統制で解説しています。

関連する攻撃手法

ガバナンス体制の構築にあたり、対象とすべき主な攻撃手法を紹介します。これらの攻撃に対応できる体制を整備することが重要です。

サプライチェーン攻撃
取引先や委託先を経由した攻撃です。本カテゴリで詳しく解説しています。詳細はサプライチェーン攻撃とはをご覧ください。
内部不正(インサイダー脅威)
従業員や委託先従業員による不正行為です。ガバナンスの観点では、アクセス制御、監査ログ、退職者管理などの対策が重要です。詳細は内部不正(インサイダー脅威)をご覧ください。
標的型攻撃(APT)
特定の組織を狙った高度な攻撃です。長期間にわたる攻撃に対応するため、継続的な監視体制が必要です。詳細は標的型攻撃(APT)をご覧ください。
情報漏洩
機密情報や個人情報の外部流出です。ガバナンスの観点では、情報分類、アクセス管理、監視体制が重要です。詳細は情報漏洩をご覧ください。
ランサムウェア
データを暗号化して身代金を要求する攻撃です。インシデント対応体制の整備が特に重要です。詳細はランサムウェアをご覧ください。
フィッシング詐欺
偽のメールやWebサイトで認証情報を窃取する攻撃です。従業員教育と技術的対策の両面が必要です。詳細はフィッシングをご覧ください。
ビジネスメール詐欺(BEC)
取引先や経営者を装った詐欺メールです。承認プロセスの整備など、ガバナンス的な対策が有効です。詳細はビジネスメール詐欺(BEC)をご覧ください。

よくある質問

Q: CISOは専任でなければなりませんか?
A: 理想的には専任が望ましいですが、企業規模や業種によっては兼務でも構いません。重要なのは、①セキュリティに責任を持つ人が明確であること、②その人が適切な権限を持っていること、③経営層への報告ラインがあること、です。中小企業では、CIOや総務部長の兼務、または外部のバーチャルCISOの活用も現実的な選択肢です。
Q: セキュリティ委員会はどのくらいの頻度で開催すべきですか?
A: 一般的には、月1回または四半期に1回程度の定例開催が推奨されます。ただし、頻度よりも実効性が重要です。形骸化した会議を毎月開催するよりも、四半期に1回でも経営判断に直結する議論を行う方が効果的です。また、インシデント発生時には臨時開催できる体制を整えておくことも重要です。
Q: 中小企業でもガバナンス体制は必要ですか?
A: 規模に応じた形でのガバナンス体制は必要です。大企業のような複雑な体制は不要ですが、最低限「誰がセキュリティの責任者か」「問題が起きたときに誰が判断するか」を明確にしておくことは、どの規模の企業にも必要です。また、取引先からセキュリティ体制について質問されることも増えているため、対外的な説明のためにも体制整備は重要です。
Q: 取引先のガバナンスまで関与すべきですか?
A: 直接的なガバナンス(指揮命令)はできませんが、間接的な関与は必要です。具体的には、契約でセキュリティ要件を定める、定期的にセキュリティ状況を確認する、必要に応じて監査を行う、といった方法があります。特に重要な取引先については、より深い関与が求められます。ただし、過度な要求は取引関係に影響するため、リスクに応じたバランスが重要です。
Q: ガバナンス体制の構築にどのくらいの期間がかかりますか?
A: 企業の規模や現状の成熟度によりますが、基本的な体制の構築には6か月〜1年程度、成熟した体制の確立には2〜3年程度を見込むのが一般的です。まずは責任者の任命と基本的な役割分担から始め、段階的に成熟度を高めていくアプローチが現実的です。

まとめ

サプライチェーン攻撃対策のガバナンス設計について、ポイントを整理します。

  • ガバナンス体制は、サプライチェーン攻撃対策を組織的・継続的に推進するための基盤である
  • CISO(または同等の責任者)を任命し、適切な権限と報告ラインを確保する
  • 各部門の役割を明確にし、責任分界点を文書化する
  • セキュリティ委員会などを通じて、部門横断的な連携を実現する
  • 外部専門家を活用し、専門性の確保とコストの最適化を両立する
  • 成熟度評価を定期的に行い、継続的に改善する
  • 取引先やグループ会社を含めた拡張的なガバナンスも考慮する

次に、ガバナンス体制を支える投資判断について、サプライチェーン攻撃対策の投資判断|予算・優先順位・ROIで詳しく解説しています。

経営報告の方法については、サプライチェーン攻撃の経営報告|取締役会・KPI・指標で解説しています。

経営者向けの他のトピックは、サプライチェーン攻撃と経営|リスク・ガバナンス・投資判断からご覧いただけます。サプライチェーン攻撃の全体像は、サプライチェーン攻撃とは|仕組み・事例・対策を初心者にもわかりやすく解説で解説しています。


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重要なお知らせ

  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
  • 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
  • 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
  • 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。

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京都開発研究所

システム開発/サーバ構築・保守/技術研究

CMSの独自開発および各業務管理システム開発を行っており、 10年以上にわたり自社開発CMSにて作成してきた70,000以上のサイトを 自社で管理するサーバに保守管理する。