なぜサプライチェーン攻撃対策は難しいのか
「サプライチェーン攻撃への対策が難しい」——多くの企業がこう感じています。そして、それは事実です。
JIPDECの調査によると、サプライチェーンセキュリティに課題を感じている企業は7割を超えるとされています。IPAの10大脅威で3年連続2位にランクインしているにもかかわらず、有効な対策を講じられている企業は少数派です。
この記事では、なぜサプライチェーン攻撃対策が難しいのかを正直に分析します。難しさを理解した上で、「完璧は無理だが、リスクを下げることはできる」という現実的なアプローチを解説します。
- 対策が難しい主な理由(概要)
- 1. 信頼関係を悪用する攻撃は検知が困難 2. 自社だけでは守れない構造 3. 大企業が中小サプライヤーを統制する困難さ 4. Tier2・Tier3以降が見えない 5. ソフトウェアの依存関係は把握しきれない 6. 攻撃者は最も弱い箇所を狙う
しかし、「難しいから諦める」のではありません。難しさを正しく理解することで、限られたリソースをどこに集中すべきかが見えてきます。
理由1:信頼関係を悪用する攻撃は検知が困難
サプライチェーン攻撃の本質は「信頼関係の悪用」にあります。そして、信頼している相手からの攻撃は、検知が極めて困難です。
- なぜ検知が難しいのか
- - **正規の経路**を通じて侵入するため、ファイアウォールをすり抜ける - **正規のデジタル署名**が付いているため、アンチウイルスが「安全」と判断する - **正規の通信先**との接続のため、ネットワーク監視でも異常として検知されにくい - 侵入後も**正規のツール**を使って活動するため、不審なプログラムとして検知されない
SolarWinds事件では、悪意あるコードが混入したアップデートが配布されてから発見されるまで、約9ヶ月を要しました。世界トップクラスのセキュリティ企業や政府機関でさえ、長期間にわたって検知できなかったのです。
従来のセキュリティ対策は「信頼できない通信をブロックする」という考え方に基づいていますが、サプライチェーン攻撃は「信頼できる通信」を経由するため、この前提が通用しません。
もちろん、振る舞い検知(EDR)やネットワーク監視(NDR)など、新しい検知技術は進化しています。しかし、正規のソフトウェアに紛れ込んだ悪意あるコードを完全に検知することは、現時点でも非常に困難です。
詳細は「海外事例」をご覧ください。
理由2:自社だけでは守れない構造
自社のセキュリティをいくら強化しても、取引先が侵害されれば被害を受ける可能性があります。これがサプライチェーン攻撃の本質的な難しさです。
たとえるなら、「城を固めても、信頼している門番が敵に寝返れば終わり」ということです。
| 自社で対策できる範囲 | 自社で対策できない範囲 |
|---|---|
| 自社のファイアウォール設定 | 取引先のセキュリティ対策 |
| 自社従業員への教育 | 取引先従業員の行動 |
| 自社システムのパッチ適用 | 使用するソフトウェアの開発プロセス |
| 自社ネットワークの監視 | クラウドサービス事業者の内部統制 |
| 自社のアクセス権限管理 | 委託先に付与した権限の使われ方 |
企業活動を行う以上、取引先との接続やソフトウェアの利用は避けられません。つまり、自社の管理範囲外にリスクが存在することを受け入れるしかないのです。
これは「諦める」という意味ではなく、「自社だけで完結する対策には限界がある」という現実を認識した上で、サプライチェーン全体での対策を考える必要があるということです。
理由3:大企業が中小サプライヤーを統制する困難さ
大企業には数百〜数千社のサプライヤーが存在することがあります。これらすべてのサプライヤーに対して、一定水準のセキュリティ対策を求めることは、現実には非常に困難です。
- 中小サプライヤーの現実
- - **専任のIT担当者がいない**:総務担当が兼任している、外部に丸投げしている - **セキュリティ予算がない**:売上数億円の企業に高額なセキュリティ投資は難しい - **教育が行き届かない**:従業員のセキュリティ意識が低いまま - **古いシステムを使い続けている**:更新費用が捻出できない
大企業がサプライヤーにセキュリティ対策を要求しても、以下のような壁があります。
- 強制力の限界
- 「対策しなければ取引停止」と言っても、そのサプライヤーからしか調達できない部品があれば、実際には取引を停止できません。特に半導体不足のような状況では、サプライヤーの立場が強くなります。
- 支援のリソース不足
- サプライヤーを支援しようにも、数百社すべてに対して教育や技術支援を提供するリソースは限られています。
- 把握の困難さ
- そもそも、すべてのサプライヤーのセキュリティ状況を正確に把握することが難しいのです。質問票を送っても、正確に回答されているか検証できません。
自動車業界では、自工会・部工会が連携して「自動車産業サイバーセキュリティガイドライン」を策定し、業界全体でのセキュリティレベル底上げに取り組んでいます。これは、一社単独では困難な課題を業界全体で解決しようとする試みです。
詳細は「自動車産業の対策」をご覧ください。
理由4:Tier2・Tier3以降が見えない
直接取引先(Tier1)については、契約関係があるため一定の把握や要求が可能です。しかし、Tier1の取引先(Tier2)、さらにその先のTier3以降については、ほとんど可視化できていないのが現状です。
- トヨタ・小島プレス事件の教訓
- この事件では、トヨタの直接取引先である小島プレス工業ではなく、小島プレスの子会社が使用していたリモート接続機器が侵入経路でした。つまり、トヨタから見れば「Tier2の先」からの侵入だったのです。
| 階層 | 可視性 | 統制力 | 課題 |
|---|---|---|---|
| Tier1(直接取引先) | 高い | 契約で一定の要求可能 | それでも完全な把握は困難 |
| Tier2(間接取引先) | 低い | 直接的な契約関係なし | Tier1を通じた間接的な把握のみ |
| Tier3以降 | ほぼなし | ほぼなし | 存在すら把握できていないことが多い |
サプライチェーンの「深さ」(階層の多さ)と「広さ」(各階層のサプライヤー数)の両方が、可視化を困難にしています。グローバル企業では、国境を越えた複雑さも加わります。
サプライチェーンの可視化については「可視化の詳細」を、国内事例については「国内事例」をご覧ください。
理由5:ソフトウェアの依存関係は把握しきれない
現代のソフトウェアは、数百〜数千のオープンソースパッケージに依存しています。しかも、直接使用しているライブラリだけでなく、そのライブラリが依存している別のライブラリ(間接依存)まで含めると、依存関係は爆発的に増加します。
- Log4j脆弱性(Log4Shell)の教訓
- 2021年に発見されたLog4jの脆弱性は、世界中に影響を与えました。しかし、多くの企業が「自社システムにLog4jが含まれているかどうか」の確認だけで数週間を要しました。Log4jは多くのソフトウェアに間接的に組み込まれており、把握が困難だったのです。
| 依存関係の階層 | 例 | 把握の難易度 |
|---|---|---|
| 直接依存 | 自社コードが直接使用するライブラリ | 比較的容易 |
| 間接依存(1段階目) | 直接依存ライブラリが使用するライブラリ | ツールで把握可能 |
| 間接依存(2段階目以降) | 間接依存ライブラリがさらに使用するライブラリ | 複雑で把握困難 |
SBOM(ソフトウェア部品表)の導入が進んでいますが、それでも完全な把握は難しい状況です。
- ビルド時に動的に決定される依存関係
- 複数バージョンの同一ライブラリの共存
- 間接依存の間接依存…と深くなる依存ツリー
- 異なるパッケージマネージャーの混在
SBOMについては「SBOMの詳細」を、OSS管理については「OSS管理」をご覧ください。
理由6:攻撃者は最も弱い箇所を狙う
「鎖は最も弱い輪から切れる」——サプライチェーンセキュリティを語る上でよく引用される言葉です。
攻撃者の立場から考えてみましょう。大企業を直接攻撃するのは困難です。高度なセキュリティ対策、専門のセキュリティチーム、多層防御…突破するには相当な労力が必要です。
一方、その大企業と取引関係にある中小企業はどうでしょうか。専任のセキュリティ担当者はおらず、古いVPN機器が放置されている可能性があります。そこを突破できれば、大企業への「裏口」が手に入ります。
- 攻撃者にとってのサプライチェーン攻撃の「効率の良さ」
- - **侵入しやすい**:セキュリティの弱い取引先から侵入 - **検知されにくい**:正規の経路を使うため発見が遅れる - **被害が大きい**:1回の攻撃で多数の組織に影響 - **責任が曖昧**:被害者と加害者の境界が不明確
どれだけ自社のセキュリティを強化しても、サプライチェーン全体の中で最もセキュリティが弱い箇所が突破口になります。自社が「最も弱い輪」にならないことは重要ですが、それだけでは不十分なのです。
完璧な防御は不可能という前提に立つ
ここまで6つの理由を見てきました。これらを踏まえると、「サプライチェーン攻撃を100%防ぐことは不可能」という結論に至ります。
しかし、これは「諦める」ということではありません。重要なのは、現実を直視した上で、何ができるかを考えることです。
- 「侵入前提」の考え方への転換
- - **従来の考え方**:境界を守り、侵入を防ぐ - **新しい考え方**:侵入は避けられないと想定し、早期検知と迅速な対応で被害を最小化する
この考え方は「ゼロトラスト」や「サイバーレジリエンス」と呼ばれ、現代のセキュリティ対策の主流となりつつあります。
100%の防御を目指すのではなく、侵入されても事業を継続できる回復力(レジリエンス)を高めることが重要です。
ゼロトラストについては「ゼロトラストの詳細」をご覧ください。
現実的にできること:リスクベースのアプローチ
すべてのサプライヤーを同じレベルで管理することは不可能です。そこで、リスクに応じた優先順位付けが重要になります。
- リスクベースアプローチの考え方
- 1. **サプライヤーの棚卸し**:どのような取引先・委託先があるかをリストアップ 2. **リスク評価**:各サプライヤーのリスク(重要度×脆弱性)を評価 3. **優先順位付け**:リスクの高いサプライヤーに重点的にリソースを配分 4. **段階的な対策**:優先度の高いところから順に対策を実施
| リスク評価の観点 | 高リスクの例 |
|---|---|
| ビジネス上の重要度 | シングルソース、代替不可能 |
| アクセス権限 | 自社システムへの管理者権限を持つ |
| 取り扱うデータ | 機密情報、個人情報にアクセス可能 |
| 接続形態 | 常時VPN接続、API連携 |
| セキュリティ成熟度 | セキュリティ対策が不十分と推測される |
「80対20の法則」を意識しましょう。リスクの80%は、上位20%のサプライヤーに集中していることが多いのです。まずは本当に重要なサプライヤーに集中することで、効果的な対策が可能になります。
取引先管理の詳細は「取引先管理」をご覧ください。
現実的にできること:検知と回復力の強化
侵入を100%防げないなら、早期検知と迅速な回復に投資することが現実的です。
- 早期検知のための対策
- - **ログ監視の強化**:異常なアクセスパターン、権限昇格、横展開の兆候を検知 - **EDR/XDRの導入**:エンドポイントでの不審な挙動を検知 - **ネットワーク監視**:異常な通信先、データ量の変化を検知 - **脅威インテリジェンスの活用**:最新の攻撃手法や侵害指標(IoC)を把握
- 迅速な回復のための対策
- - **バックアップの確保**:3-2-1ルールに基づくオフラインバックアップ - **復旧手順の整備**:誰でも復旧作業ができる手順書の準備 - **復旧テストの実施**:定期的にバックアップからの復元をテスト - **代替環境の準備**:主要システムが使えない場合の代替手段
- インシデント対応体制
- - **インシデント対応計画の策定**:検知→封じ込め→根絶→復旧→教訓のプロセス - **連絡体制の明確化**:誰に報告し、誰が判断するかを事前に決めておく - **訓練の実施**:机上演習や模擬インシデントで対応力を向上
検知・監視については「検知と監視」を、インシデント対応については「インシデント対応」をご覧ください。
現実的にできること:業界・サプライチェーン全体での取り組み
一社だけでは解決できない課題は、業界全体やサプライチェーン全体で取り組む必要があります。
- 業界横断の取り組み
- - **業界ガイドラインの策定・遵守**:自工会・部工会ガイドライン、金融ISACなど - **情報共有**:業界内での脅威情報、攻撃事例の共有 - **共同訓練**:業界横断でのサイバー攻撃対応訓練
- 大企業による中小サプライヤー支援
- - **教育・啓発**:セキュリティ研修の提供 - **ツール提供**:セキュリティツールの共同調達や提供 - **費用支援**:セキュリティ対策費用の一部負担 - **ガイドラインの共有**:具体的な対策チェックリストの提供
- 「サプライチェーン全体のセキュリティは共同責任」という意識
- 大企業は「中小サプライヤーに対策を要求する」だけでなく、「一緒に対策を進めるパートナー」という姿勢が重要です。中小企業も「大企業の要求だから仕方なく」ではなく、「自社の事業継続のために必要」という意識で取り組むことが大切です。
取引先教育については「取引先教育」を、ガイドライン活用については「ガイドライン活用」をご覧ください。
関連する攻撃手法
サプライチェーン攻撃の対策困難さに関連する攻撃手法を紹介します。
| 攻撃手法 | 対策が難しい理由 |
|---|---|
| フィッシング詐欺 | 取引先を装ったフィッシングは見分けが困難 |
| ソーシャルエンジニアリング | 人間の心理を突く攻撃は技術だけでは防げない |
| 標的型攻撃(APT) | 高度で持続的な攻撃は単純な対策では防げない |
| マルウェア感染 | 正規ソフトウェアに紛れ込んだマルウェアは検知困難 |
| ランサムウェア | サプライチェーン経由で広範囲に被害が拡大 |
| 不正アクセス | 正規の認証情報を使った不正アクセスは検知困難 |
| 情報漏洩 | 委託先からの漏洩は管理が困難 |
よくある質問
- Q: サプライチェーン攻撃を完全に防ぐことはできますか?
- A: 残念ながら、完全に防ぐことは困難です。信頼関係を悪用する攻撃は検知が難しく、自社だけでは対策できない構造的な課題があります。重要なのは「完璧な防御」ではなく、「リスクを許容可能なレベルまで下げる」「侵入された場合に早期発見・迅速対応する」という現実的なアプローチです。
- Q: 中小企業として大企業の要求にどこまで応えればよいですか?
- A: まずは基本的なセキュリティ対策(パスワード管理、MFA、OSの更新、バックアップ)を確実に実施することが重要です。大企業からの要求すべてに応えることは難しくても、自社の事業継続のために必要な対策を優先順位をつけて進めましょう。不明点は大企業側に相談し、必要に応じて支援を求めることも検討してください。詳しくは「中小企業ガイド」をご覧ください。
- Q: Tier2以降のサプライヤーまで管理する義務はありますか?
- A: 法的な義務は状況によりますが、リスク管理の観点からはTier2以降も把握することが望ましいです。ただし、現実的には直接管理することは困難なため、Tier1サプライヤーを通じた間接的な把握や、重要なサプライチェーンに限定した可視化が現実的なアプローチです。
- Q: 予算がなくてもできる対策はありますか?
- A: はい、あります。①パスワードの強化と使い回し禁止、②MFAの設定(多くのサービスで無料)、③OSやソフトウェアの更新、④従業員への注意喚起、⑤バックアップの確認と復旧テスト、⑥不審なメールを開かない習慣づけ——これらは追加費用なしで実施できます。詳しくは「低コスト対策」をご覧ください。
- Q: 取引先にセキュリティ対策を強制できますか?
- A: 契約上の条件として対策を求めることは可能ですが、「強制」には限界があります。取引停止を脅しにしても、代替が効かないサプライヤーには効果がありません。むしろ、「一緒に対策を進めるパートナー」という姿勢で、教育支援やガイドラインの提供、費用負担などを検討する方が効果的です。
まとめ
サプライチェーン攻撃対策の難しさと現実的なアプローチについて、重要なポイントを振り返りましょう。
- サプライチェーン攻撃対策は構造的な課題があり、完璧な防御は不可能です
- 信頼関係の悪用、自社だけでは守れない構造、Tier2以降の不可視性、依存関係の複雑さが主な困難の原因です
- 「完璧は無理だが、リスクを下げることはできる」という現実的なアプローチが重要です
- リスクベースで優先順位をつけ、重要なサプライヤーに集中することが効果的です
- 早期検知と迅速な回復(サイバーレジリエンス)に投資することが現実的です
- 業界全体・サプライチェーン全体での協力が不可欠です
- 「難しいからこそ、正しく理解して取り組む」ことが、対策の第一歩です
定義と仕組みの復習は「サプライチェーン攻撃の定義と仕組み」を、基礎知識カテゴリ全体については「サプライチェーン攻撃の基礎知識」を、総合ガイドは「サプライチェーン攻撃とは」をご覧ください。
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重要なお知らせ
- 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。
- 実際にサイバー攻撃の被害に遭われた場合は、警察(#9110)やIPA(03-5978-7509)などの公的機関にご相談ください。
- 法的な対応が必要な場合は、弁護士などの専門家にご相談ください。
- 記載内容は作成時点の情報であり、攻撃手法は日々進化している可能性があります。
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